何時の頃からだったんだろう・・・
後になってから考えた。

はっきり記憶しているのは、2010年10月。
仕事の面接があった時、
「今日はチックが起きないといいな・・・」
と思っていたこと。


でも、それよりずっと前、
その年の春には、食事中に友人から、
「疲れてるんじゃない?目、酷いよ。」
と声を掛けられてた。

だから、少なくとも
人に見える痙攣は2010年春には既に始まっていたのかな。



病気かもしれないなんて疑ったことは一度もなかった。


だって、眼の痙攣以外、
特にどこがどうと感じることは無かったから。

夫に見せても、
「ああ、あるある。俺もよくある。」 
「だよねー。」 
「 にしても、よく動かない?
眼の下の筋肉って、筋肉痛にならないんだね」 

なんて呑気な事を言って、
結構面白がって鏡を見ていた。



病気だなんて、
本当に、一秒たりとも疑ったことはなかった。



だって、
この世に片側顔面痙攣なんて病名の
病気があるなんて知らなかったから。


眼の下がひくひく、
ピクピク、ギュー
って動くのは、
全部チックだって思ってたから。




誰と話しても、
「あるある。」「私も私も!」
「私たち、頑張り過ぎだよね~。」
「いや。単なる年かな。。。」
なんて、笑いごとにしかならなかった。

誰一人、
「病気なんじゃない?」
なんて言わなかった。


誰も心配してなかった。




それくらい、私は元気そうに見えたし、
多分、幸せそうに見えてたと思う。


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時々だった引くつき?ピクピク?ギュー?と言う眼の下の部分の動きが、
だんだん頻繁になってきた。


焦って、夫に言った。

「あるある。俺もあるある。」
「いつの間にか治まるよね。」


「うん・・・。」 



素直に返事をしたけれど、
その年の終わりにはちょっとストレスに感じてた。



ストレスで眼に痙攣が起きると言うよりも、
眼に痙攣が起きていることがストレスだよ! って自分に腹が立った。


『ストレス解消!』 
『疲労回復!』 
と言うけれど、一体何をしたらいいのかな?





2011年新年。
今年の目標は、もうちょっと要領よく生活すること。
もうちょっと長く寝なくちゃなー。
そろそろ年か・・・。
なんて考えてた。


今思えば、なんてお気楽。


まだまだ前向き。って言うか、
本当に全然心配なんかしてなかった。


たかがチック
でそんなに心配する人なんていないよね?


モデルじゃあるまいし。。。


2011年。
多くの人の心に、特別な意味で刻まれる年となった。

3月11日、東日本大震災。

死亡者は、16000人近く。
ここ関東でも、家族、親戚、友人知人を失った方々がいた。

本当に悲惨な出来事だった。

そして、日本全体が一体となって、復興、復旧に向けて、皆が出来ることをしようと心を合わせていた年だった。

私たち家族も「 何ができるか? 」「 何をすべきか? 」考えた。
日々できる節電、節約。本当に微力だったけれど、できるだけの事はしたと思う。
そして被災地への寄付。
阪神大震災の時の10倍の金額を寄付した。
サラリーマン家庭にとってはかなりの額だった。っと思う。

夫も私も現地に赴きたかったけれど、、
夫の仕事は毎日忙しく、日本にいないことも多かったし、
私の痙攣も頻発していたから、
知らない場所、知らない人に会ってお手伝いできる気がしなかった。

その点、義母は本当に偉い。
80歳になろうと言う年なのに、自分で現地に行って、タオルセットを配るなどの活動をして来ていた。

「何ができるか」って、本当は「何をしようか決めて、実際に行動する。」って、
ただそれだけの事
なんだと思う。
しようと思えばできるのに、理由を、言い訳を作って何も行動しなかった自分が恥ずかしい。

そんな気持ちが大きくなったからか、ちょっと眼が引くつくとか痙攣するとか、ギューとなるなんて事で苛ついたり、気が滅入ったりする事はなかった。

人って、幾つもの事にいっぺんに気を取られたりできないものだ。
一番痛いところに意識が集中する。
すごーく痛いところがあると、そこばかりが気になって痛む。
そして、そこが治ると、違う二番めに痛かったところがすごーく痛むようになる。
それと同じ。

心がとても痛んでいたから、眼のことはあんまり気にならなかったんだと思う。
或いは、そんな事を気にするのが情けなくて、記憶に無いのかも。

とにかく、2011年の事を思い出す時、痙攣について細かい事は何も思い出せない。

2012年8月。

2011年の悲劇を忘れたわけではないけれど、
いつまでも悲しんでいてはいけない。
停滞していてはいけない。 
前を向こう!と言う雰囲気が世の中に漂ってた。

具体的には、消費活動の再開。
一年も過ぎ、今年の夏休みは旅行者数も復活。

我が家も海外旅行を計画した。
ところが、その二日前に良性発作性頭位めまい症で倒れてしまった。

内耳の前庭器官の耳石が、
三半規管の中で動いていまう事が原因でおこる病気らしい。
3月には、女子サッカーの澤穂希さんが患って話題になっていた。
入院するほど悪化する人もいるらしいけれど、
私は耳鼻科医の指示通り頭位変換療法と言うリハビリテーションをやって、
わずか一日で治って無事旅行も満喫。

のはずだったのだけど・・・


楽しい旅行中もとにかく眼の下がひっきりなしにピクピクする。

そんなことってあるかな?
変なチックだな。

家族三人とっても楽しい旅行中なのに、
どうしてなんだろう。
不思議。

そして、ふと思った。

あー・・・
具合が悪くなったのは
痙攣が起こるのも
みんなだなー。



なんだろう?

初めて心の中に不安がよぎった。



この時もまだ、
私はこの世に片側顔面痙攣という病気が存在することを知らなかった。

旅行から帰ってきてからも、眼の下のピクピクはちっとも治まる気配がなかった。
とーても楽しかったのに起こるチック。 痙攣?

ずいぶんと眼の周辺全体がビクンビクンと動くもんだ。
あんまり動くからなんだか物を見ても揺れてる気がした。

なので、ドラッグストアでテーピングを買って、
眼の下を大きなテープで貼り付けた。

なかなかのグッドアイディア。

おーいい感じと思ったのもつかの間、
数時間後には、テープの縁で眼の下の薄い皮膚が切れちゃった

もうどうしていいか分からなかった。
旅行中の不安が少し大きくなった。

そんな風に夏は過ぎた。


片側顔面痙攣の患者は、みんな最初は自分が病気だなんて気がつかないよね?



ちょっと秋風が吹いてきた頃、朝、ドキドキして眼が覚めた。
嫌な怖い夢でも見た時みたいに、心臓がバクバクしてた。

なんだ?

よく分かんないまま洗面所で鏡を見た。



右の口元がピクピク動いてた。

  

そんな顔の人を初めて見た。
びっくりした。
本当にびっくりした。
びっくりして、ぞっとした。


自分の顔にぞっとした。


ほんの一瞬の出来事だった。
錯覚かと思うほどのわずかな瞬間。

でも、頭は十分理解した。


ただ事ではない!


よくある事じゃない。


こんなの

すぐに治る事なんかであるはずがない!



この日から、私と片側顔面痙攣と言う病気の戦いは始まったんだと思う。