13階には、脳神経外科以外の医師たちもたくさん来る。
いつもみんな忙しそうだ。

この階には脳神経外科系以外の手術で入院している人もたくさんいた。

お隣のベッドのNさんは、脳神経外科系で緊急入院してきたけれど、既に3回心臓の手術もしていて元々循環器科の患者さんだったから、そちらの医師も回診に来ていた。
多分一人じゃなくて何人か。

病院て、たくさんの医師が団体で歩いているんだと思っていたけれど、ドラマの見過ぎだった。
もしくは大学病院ではそうなのかな?
M記念病院の先生は、みんな一人で早歩きで移動してる。
非常階段を使っているんだと思う。
何階分を動いているのかな???
まさか1階までは移動してないと思うけど

みんな早歩きか、ときには小走りだったりするのに、
しっかり人の顔を見ていくから面白い。
多分、「自分の患者か?」って確認するのが癖なんだと思う。

自分達では気づいていなんだろうな。
でも、そういうのって素敵な癖だと思う


今朝は、コードブルーの放送が流れた。
コードブルーって、患者の容態が急変した際の「緊急事態発生」「至急全員集合」を意味する言葉なんだって、入院して初めて知った。
てっきりドラマのタイトルなんだと思ってた。
私の斜め前のお部屋に、ドドっと何人もの人間が入っていって驚いた。
どこから湧いてきたのか・・・。

ずいぶんたくさんの医師がいたもんだ

患者さんは大丈夫だったみたい。
良かった




今日はコードホワイトも流れたから、意味を看護師さんに聞いてみた。
なるほど。。。
これはM記念病院の隠語だと思うから、ブログに書くのは止めておこうと思う。
病院は何処でも同じ隠語なのかな???)

とにかく、
M記念病院医師がみんなとっても働きもので案外足が速そうだってことが分かった。



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もう明日は退院だから、入院中に出会った素敵な人たちのことを書こうと思う。

M記念病院に来るまで、病院は弱った人たちばかりがいる場所って思ってた。
でも、実際入院してみたら、それは間違っていた。

何科の患者が多いかによって病棟の雰囲気は違うらしいから、私が入院していた13階以外はどうなのか分からないけど。
13階に関して言うならば、頑張っている人たちがたくさんいた。

前にも書いたけど、廊下で歩行練習をしている人が何人もいた。
80歳を超えるおじいちゃまは、棒みたいに細い足で、一日に何往復も杖を付きながら歩いていた。
私達は、廊下とベッドの上で手を振り合って挨拶をしてた

同室のMさんは、退院後もリハビリが大変な病気だった。
入院が長かったから、病院内のことを色々知っていて全部教えてくれた。
たった10日間の入院生活が快適だったのも、Mさんのアドバイスによるところも大きい。
背筋をピンと張って、素敵な歩き方をする女性だった。
彼女の優しい佇まいが、この先にどんなことがあっても変わりませんように。。。

Nさんは、まだ暫く入院している。
Nさんの病名は、まだはっきりしていない。半身があまり動かない。
急にそんな風になったら、私なら毎日泣き暮らしてしまう。
なのに、Nさんは一言も弱音を吐かない。
でも、夜中に、「神様どうしてなんでしょう?」と語りかけていたのを私は知っている。
彼女は心臓の手術を3回も受けている。
彼女の強さを見て、私は頑張らなくちゃって思えた。
これから先、くじけそうになったらNさんを思い出して頑張ろうと思う。

Yさんは、私のことをとっても心配してくれた。
私がNさんのお手伝いをしていたから。
「貴女だって手術したばかりなのに、そんなに動いちゃいけない。」
「無理しないように。」
って何度も声をかけてくれた。
彼女もこれからまだ何回も入退院を繰り返さなければならないことは決まっている。

他にも何人もの人たちとお話しした。みんなとっても明るくいろんな話をしてくれた。
主として、病歴(笑)
そして、相手を気遣う言葉をかけあって、別れていく。

自分が大変な時に、自分が確かな未来を信じられない時に、人のことを気にかけて声をかけられるって凄いことだと思う。
人は、こういう出会い方でも、こういう短い出会いの中でも、相手を思いやれる生き物なんだって信じられた。
頑張る強さを持ってるんだって分かった
(心の頑張りが、強さがなければ、人を思いやれたりしない。)


このM記念病院での時間は、私にとって必要な時間だったんだと思う。

私もまた次に立ち向かう準備ができた。 と思う
自分の中にもきっと強さを探せると思う

とっても幸せな10日間だった (まだ9日目だけどね!

素敵な出会いに感謝


私は、予定手術だったから、検討に検討を重ねて病院を選んだ。
私の病室からは、遠くに小さくだけれどレインボーブリッヂも見えて、最高に満足して入院していた。
が、その快適な4人部屋に中国人の女性が入院してきた。
彼女も予定入院で、数日で退院することは分かっていた。

ふだん特に人種差別は無いつもりだけれど、この時の彼女のマナーは悪かった。
とにかくずっと携帯電話で喋っている。しかも、これは母国語の発音方法によるものなんだろうけれど、まくしたてているように聞こえてしまう。
隣のベッドの患者さんは、新薬を試したばかりで発熱していた。
目の前のベッドの患者さんは、半身が効かない状態で、頭痛を訴えながらほぼベッドに寝たきりだった。
私はと言えば、右側の片側顔面痙攣の手術をしたばかりで、やっぱり快調というわけではなく、おまけに煩い方しか向けなかった。

そもそも携帯電話は禁止のはずだし、4人部屋の病室でずっと携帯で喋り続けるのはちょっと許しがたいな。って思ってた。
でも、もう少し深く考えると、言葉の通じない中(けっこう日本語も喋れてたけど)手術をするのってやっぱり心細いのかなって思ったりもして、どうしても自分で注意するまでには至らなかった。

で、あっという間に彼女の退院日が来た。

私は、彼女のマナー違反に腹を立てていたけれど、そうは言っても、実は自分が病室で煩く喋っているのも分かっていた。
隣のベッドのNさんはあまり動けなくて、始終私に話しかけてきていて、私も4人部屋で悪いなと思いつつ呼応していたから。


相手が悪いところがあるにせよ、私の悪かったところはお詫びしておこうと思って、
「煩くしていてごめんなさいね。」と声をかけた。(日本語で)
そうしたら、彼女はビックリした顔をして、
「うううん。」と首を振った。そして、
「もう、退院する。」
と言うから、(知ってて声をかけたんだけど)
「おめでとう。」と言ったら、
「ありがとう。」
って、とっても素敵な笑顔で応えてくれた。

去っていく彼女を見送りながら、もっと前に声を掛ければよかったなって思った。
最初から「みんな調子が悪いから止めて。」って言えば、きっと分かってくれたんだと思う。

お国柄って、ある。
それは、簡単に自分の価値判断で良い悪いを決めちゃいけないものなんだと思う。

きちんと自分の言葉で目の前の人に話しかけるって、本当に大切なことなんだと思う。

今回、ほんとうなら彼女に入院中にちゃんと話しかけるべきたった。

でも、遅すぎたわけじゃないとも思う。

少しの言葉を交わしただけで、素敵な笑顔の彼女が好きになった。
私もけっこう良い笑顔を返せたと思う


彼女が、日本人っていいなって思ってくれていたらいいな。

この日私は、とっても気持ちよくなって、幸せな気分になれた





私たちが、「習慣が違うから。」「宗教が違うから」「人種が違うから」と言って、お互いを避けてとおれる時期は過ぎたと思う。
なんにせよ、とにかく「向き合って話すこと」それがとっても大事。
全部を受け入れられないにせよ、最初から「受け入れられない部分」を探すのでは無く、「受け入れられるところ」を探す努力をすべきなんだと思う。
それができたら、自分の心も幸せになるし、世界も平和になるんじゃないかな~




ちょっと大きく言い過ぎ?