手術の前日、微小血管減圧術手術前説明時に、
A医師がたくさんお喋りしてくれたのには、実は理由がある。
患者にお話しさせて手術前にリラックスさせようにも、私はほぼ声が出せなかったのだ。

かすれ声しか出せなかった。

なんと私は風邪を引いていた
(5、6年ぶり位?)

麻酔科医師も、
手術するかどうかは主治医に任せます」とおっしゃって、
手術を決行するかどうかは当日の朝決めることになっていた。


8時位だったかな?
A医師が病室にやってきた。
朝は、ますます声が出ず咳き込んでいて、
いつも自信満々のA医師が、
「止めるか?」
とおっしゃったのでビックリして、考えずに首を振っていた。

もしあの時考えていたら、多分手術はしなかったんだと思う。
何故かあの瞬間は、まったく考えていなかった。

医師は大きくうなずいて、椅子を引き寄せて、私の腕に点滴をしてくれた。
「いい血管だ」
と褒めてくれた。
私は血管が太くて目立つことがコンプレックスだから、この言葉はとっても嬉しかった。

ブログを読んでくれている方にはバレてしまっていると思うけれど、私は褒められ好きだ
褒められると、単純に嬉しくなっちゃう

手術前の、ほんの少しの時間。
でも、本当ならどうしようもなく不安であるはずのこの時間。
医師の顔を見て、ほんの少しの言葉を交わして、
点滴を入れてもらって、右耳にシールを貼ってもらって、
たったそれだけの事で私のざわついていた心はとっても静かになった。
 

8時半。
ナースステーション前に集合。
他の手術の方と二人で、看護師さんに引率されて手術室に歩いて移動した。
まさに “引率” って感じ。
自分で点滴の付いた棒を押しながら。


手術着(ガウンみたいなもの)を着た中年女子が、
点滴棒を押しながらゾロゾロ歩く姿って笑えない?


手術室の階に移動すると、
手術室前で、麻酔医師、手術看護師さんらが次々と名前を告げながらにこやかに挨拶してくださって、
胸がジーンとした。
本当に心のこもった挨拶だったから。
この時の光景は、スナップ写真みたいに強烈な印象で心に刻まれてる。
この瞬間に既に
「ほんとうにありがとうございます。
って言葉が心に浮かんでいた。

まだ、手術は始まってもいなかったんだけど。。。


自分でも信じられないことに、私はこの瞬間楽しくて興奮気味だった。
手術室の中を表現するのに変な言葉だけれど、その時の雰囲気はとっても“ アットホーム ”だった。

こればっかりは、体験者じゃないと分からない雰囲気だと思う。
しかも多分M記念病院だからの雰囲気なんじゃないかな?
他の人のブログではみんな手術室で緊張してるもの。


それに、女の人が多かったからなんだか安心した。(男性スタッフさんごめんなさい
みんなマスクをしていたけれど美人さんばっかりだった


楽しい気分が絶頂の時、
最後にA医師の顔を見つけて、笑顔で挨拶しようとして固まった。


A医師は、ものすごーく真剣な顔をしていた。

やっぱりやばいのかな。。。


手術台に乗りながら、一瞬そんな言葉が頭をよぎった。


手術台は、思っていたのとは全然違って、柔らかい物が入っていてフカフカだった。
何時間も同じ体勢で固い台に寝かされたら、きっと痣になるな(なにせ中年なので)と思っていたので、
「良かったー」とまた安心。

手術室に入ってから手術台に乗るまで、私の気分は上がったり下がったりしていたけれど、
実のところ、それってわずか数分だったんだと思う。

こんなに大きな手術を受けるのは最後だから(と思いたい)全部しっかり覚えておこうと思ったけれど、
手術台で名前を呼ばれながら眠ってしまって、今となってはたいして何にも覚えていない
ほんとうにあっという間に寝た。というより、あっという間に起きた。


寝たことを覚えていない!\(◎o◎)/


目が覚めた時は、もう病室だった!

麻酔ってありがたい。
麻酔科医師さん、上手に麻酔をしていただいて本当にありがとうございました。





どんな時にも私の頭に浮かぶ言葉がある。

「せっかくだから」

楽しいことも嬉しいことも辛いことも悲しいことも、
せっかくだからちゃんと覚えておこう。
経験にしちゃおうって思う。




七転び八起きって言葉があるけれど、
私の座右の銘は(自分で作った!)

「転んでもただでは起きない。」
だ。転んだら、せっかくだから、何か拾って起き上ろう~って思う。
私は、今回はこのブログを拾った。
自分の調べた情報の芽を育てたいな~
皆のお役に立つといいな~と思っている


たまには拾った石がダイヤの原石ってこともあるかもよ!
人生って、いつでも ものは考えよう  だよね



M記念病院A医師の手術チームのイメージについては
2014.04.25「片側顔面痙攣 M記念病院~③手術のイメージはF1チーム!」
M記念病院A医師の手術チームの安全対策については
2014.04.25「片側顔面痙攣 M記念病院~④自分でできること=個人情報流出」



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 看護師さんの「ご主人、まだいらっしゃっていません。」と言う声が聞こえ、
「間に合わなかったんだな。」と思ったのが手術後の最初の記憶。

どこの場所での記憶だかは分からない。

はっきり眼を開けた時には自分の病室のベッドにいた。

顔が軽い
っと思った。
顔が重いと思ったことはなかったのに、不思議と目覚めた時には顔が軽いと思ったのだ。
鏡を見てもいないのに、あ~治ったと何の迷いもなく思った。

そう!
書き忘れるところだったけれど、M記念病院ではICU(集中治療室)を使わない。
どの病院でも微小血管減圧術手術後すぐ~数日はICUに入るから、当然私もそうだと思っていたのに。
最初から、普通の病室で治療を受ける。

夫が私に気づいて「お、目覚めたー。」
と声を掛けてきたので、手を伸ばしたら握ってくれた。

手術は成功だってよ。(血管は)じゅうぶん寄せられたって。」
「A先生は、説明は簡潔だし、いつも落ち着いていていいよね。こっちが安心できる。」

とA医師に感謝していた。

夫は、一筋縄ではいかないビジネスマンだ。(結構小難しいところがある)
夫に「簡潔」「安心」なんて言葉を吐かせるとは、A医師はやっぱりタダ者ではないな。
と考えられるくらい、頭ははっきりしてた。
でもうっかり起き上ろうとしたら、いきなり吐き気が・・・。

やっぱり、手術後いきなり元気とはいかなかった

そのあとで、娘がやってきた。
娘の顔をみるといつも思う。

「病気なのが私でよかった。」って。
まして、片側顔面痙攣なんて顔に症状が出てしまう病気ならなおさら。



私が片側顔面痙攣の学会報告やら資料やらを必死に読む理由のひとつに娘の存在がある。
遺伝性はないのかな?
という心配があるから。
私は、資料を読んで、グレーなんだなって考えている。
A医師がどう考えているかは知らない。
片側顔面痙攣は、血管が顔面神経を圧迫しているという事実がはっきりしているわりに、
何故痙攣そのものが起こるのか、何故責任血管を寄せても痙攣が治まらない人間がいるのか、
はっきりしたことは分かっていない病気だ。
私自身は、痙攣が起きる前から、
顔についているはずのない髪の毛がついているように感じたり、
頬をティッシュで触れられたようなくすぐったいような感じがしたりしていた。

他の人はどうなんだろうと思う。

みんなが感じている詳細を全部集められたら、
今言われている事以上の何かが見つけられないのかなって思ったりもする。


しばらくして二人とも帰った。


手術後から、翌日5時半までは起き上り禁止。
その間、私のお世話をしてくれていたのは、私の担当看護師のハイジちゃんだった。

M記念病院ではICU(集中治療室)が不必要な理由はこちら!
2014.04.25「片側顔面痙攣 M記念病院(術後外来1)~③手術のイメージはF1チーム!」

 微小血管減圧術の手術後、病室に戻ってから翌朝について覚えていることを書こうと思う。

手術中から排尿管を挿入された状態で(知らぬ間に!)
酸素吸入を行いながら(体に残った麻酔をぬくため)、
棒にぶら下がった複数の点滴をベッド脇に立て、
足に血栓予防の装置(間欠的空気圧迫法)を着け、ジーゴロジーゴロという音を聞きながら
ベッド上にじーーーーーーーーーと寝ていた。
見た目には、かなり痛々しい感じだど思うのだけど、術直後から別になんとも感じていなかった
文字通り"な・ん・と・も”。
頭にせよ、挿入された排尿管にせよ、痛いと感じていなかったので、夫の顔を見てうっかり起き上ってしまったのだ

「まるで・・・・のように気持ちが悪くて」とか「まさに・・・・・・のよに痛くて」とか、
”経験者だからこそ書ける”臨場感たっぷりの表現で書きたかったのに・・・
情けないことに、「気持ち悪さ」「痛さ」について、覚えていることは全くない。


覚えていないから、全く気持ち悪くなかったのか、
痛くなかったのかと言うとそうでもない。

夜には、自分で、痛みと吐き気を2回くらい訴えたのを覚えている。
後で確認したら、痛み止め・吐き気止めは、座薬2回で、点滴には6~7回入れたとのこと。
回数で、記憶が飛んでいる部分があるらしい。

そして、帰室後1時間後、3時間後、6時間後と21時、24時の検温時や点滴の確認なんかで来てくれる度に、
私の担当看護師のハイジちゃんに、お水で口をゆすがせてもらったのも覚えてる
手術前朝6時半から翌朝5時半まで飲水禁止だったので、ゆすぐのみ。

喉が渇いていた感覚は記憶になくて、
“ハイジちゃんが、口をゆすがせてくれて気持ちよかったー”という記憶だけが残ってる。

なんだか面白いよね?


今回は、痛みは我慢しない」って最初から決めてた。


あんまり痛い思いをすると、その痛みの経路が残っちゃって、傷そのものが治ってからも何故か痛みだけが残っちゃうってことを読んだ事があったし、過去の自分の経験からどうやら我慢しない方がいいらしいと感じていたから。

体に多くの薬を入れることに抵抗があったり、賛否があったりするのも知っているけれど、私の場合は、「我慢しないで、すぐに薬をもらう」を徹底した結果、たいして不快な記憶は残らず、「親切にされた気持ちいい記憶」だけが強烈に残ったのかなって思う。


私の術後一日目は、辛い記憶ではなくて、「ハイジちゃんに優しくされた、気持ちいい記憶」として残ってる


ただ一つ、ハイジちゃんにもどうしようもなかった痛みがあった!
それは背中痛。ずーーーーとほぼ同じ姿勢で(手術側は向けない)寝ていたから(?)肩甲骨の当たりの背中が痛くてしょうがなかった。
後で処方箋を見たら、A医師はモーラスパップと言うシップ薬を処方してくれてた。
最初からシップを貼ってもらえばよかった。。。
とにかく背中が痛かったから、AM2時位からは、起き上がれる5時半が待ち遠しくて待ち遠しくて時計ばっかり見ていた



入院前に手術前検査は済ませていた。
片側顔面痙攣の微小血管減圧術を受ける一日前に入院。
手術当日は、数時間前に感染予防の点滴を、執刀医師のA医師より入れてもらった。

以降、手術中の専門的なことは何もわからない。
分からないながら、分かる範囲で、
病院でいただいた「使用されるおという用紙に書いてあるおと、
診療明細書に書いてあるお(代金を支払ったお)を列挙しておこうと思う。 


手術中・手術後1日目以降に使われた

○セファゾリンナトリウム点滴静注用1gバック・・・細菌抑制、手術感染予防
○ステロイド(ソル・メドロール静注用125mg)2瓶・・・神経機能の改善
○胃酸分泌抑制剤(ザンタック注射液100mg)2.5%4ml 1管
○ビタミンB12(メチコバ―ル注射液500ug)0.5mg 1管・・・神経機能の改善
○輸液の点滴(ソルマルト輸液500ml)3袋・・・電解質・水分を補う
○ビカネイト輸液500ml 1袋・・・血液代用剤
○プリぺラン注射液10mg 0.5%2ml 1管・・・吐き気止め
○ボルタレンサポ50mg(坐



支払った代金と、実際使用された量は異なることがあると思いますので(半分だけ使用など)、
ここに書いてある量はあまり意味をなさないと思います。

ご参考まで。




 私のこころの声 

薬を一つずつ調べていくと、結構副作用があるんだなーとビックリします
ビックリしていてもキリがないし、素人がパーツ毎に考えてもあまり意味がないことが多いと思うので、
基本は信頼できる医師を見つけること 
見つけたら、医師にお任せして、治療方針に従うこと

この二つが  治療の最短距離   だと私は思っています。