今日はM記念病院脳神経外科入院する日。
最後の準備のために朝5時に起きる。

家族はいつも通りの時間に起き、
いつも通りに準備に忙しいから、
当然ゆっくり別れ(?)、出発(?)の挨拶をする間もなかった。
驚くほどにクールな家族だ。


私も感傷に浸る間もなく、
台所の最後の片づけ、洗濯、トイレ掃除など家事をすました。

ドラマでは、絶対、こんなシーンないよね。
現実は、どんな時にも掃除洗濯食事の準備がついてまわる。

ほとほと疲れて、病院に行くのが楽しみだった。
一刻も早くお休みしたい。


”感傷”とか”不安”は、
自由に使える贅沢な時間がある時にだけ顔を出す。





私は小柄だ。
10日用の旅行バッグと肩掛けバッグでの満員電車は本当に大変だった。
物凄くスポーティーな格好をしていたから、
誰がどう見ても単なる旅行に見えたろうな。


予定通り11時に到着。
手続きをすませ13階病棟へ。
私の担当看護師さんが出迎えてくれた。
アルプスの少女ハイジみたいに可愛い看護師さんだったー


どんなに緊張していたり不安だったりする患者さんも、
ハイジに出迎えられたら元気になると思う。
疲れてた私は、とっても元気になった



お部屋はA医師お薦めの4人部屋の窓際。
差額ベッド代は一日3000円。


 広~いお部屋♪                  眼下の公園の桜♪
M記念病院1312号室(2014.04)      2014年 さくら咲け♪ 

窓からの景色が広々して素敵



私は、空をみて雲や月や星を眺めるのが好物
眼の中にきれいな物が入ってくると、
冷たい水を一気飲みした時みたいな爽快感がわく。


お部屋に着いて神様に心から感謝した。
(宗教はないけど。。。)




荷物を置いて、
さあ、今日から私はママじゃなくて患者さんだ~




 追 記 
片側顔面痙攣のお仲間さん、HIROさんからのご提供
M記念病院、X'masバージョン
M記念病院 13階 X’masツリー  春も良かったけれど、冬も素敵 
                     病院は縁遠いのが一番だけど

M記念病院 X’mas イルミネーション


入院する際には、こちらをご利用下さい。
カテゴリー入院準備』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-category-17.html
スポンサーサイト
関連記事

朝から本当に大忙しだった。

自分の入院準備をしながら、
家族の10日間分の生活の準備をするのは本当に大変。


数日前からの風邪(?)が悪化したのか、
声がどんどん出なくなっていたけれど、
なんとか無事に病棟管理部での手続きも済んで、
自分の病室のベッドまで辿りついた時には、
ほっと一息。

病室に入って、ほっと一息って言うのも変な感じだけれど
それくらい疲れてしまった。


これはとても悪い一例だから、
『アンの日記』を今読んでいる方は、
絶対にもっとのんびりと入院した方がいいと思う。




ハイジちゃん(私の担当看護師さん)から、
医療ミスを防ぐ上で大切な名前入りのリストバンドを左足首につけてもらう。
(他の場所でも可)

大切な命の綱の名前入りリストバンドも、
ずっとしているとイラっとしてきちゃうんだけれど・・・




入院中は、事前に頂いていた
微小血管減圧術を受ける入院患者向けのご案内 
入院から退院後までの療養生活支援のしおり』
にそって生活する。

『しおり』に書かれているのは、一般的に順調なモデルケース。
読んでおくと、自分も無事に問題なく退院できるイメージを持って入院できる。

イメージトレーニングって言うのかな。
“ しおりを読む ”=“ 退院までの良いイメージを持つ ”
は、入院までに簡単にできること




ベッドでのんびりしていたら、
担当看護師のハイジちゃんの他、I薬剤師さんT麻酔医師さん
A手術看護師さんが順番に挨拶に来て下さって、
挨拶とそれぞれの担当部分についてを丁寧に説明。

皆さん感じがよくてびっくり
ホテルのスイートルーム宿泊か、
飛行機のビジネスクラスに乗っているかのようなホスピタリティ
(広さ9㎡の入院ベッドの周りで繰り広げられた光景だけど。)


病院とは思えない、温かい挨拶、対応を受け、
本当に気持ちのいい病院に入院できて大満足





この日は、また胸部レントゲン撮影もした。
胸のレントゲンて大切なのかな?
それぞれの検査が、何のために行われるかは実はよく分かっていない。
この片側顔面痙攣病気記録を書き終わったら調べてみようかな。
またアップしますね(*^_^*)


検査の後、そのまま、
売店で買って準備しておくように言われた品、
ウロテクター、T字帯、リモイスコート、ゴムを買いに行く。
使わなければ返却できるのでレシートを残しておくように
とのこと。
親切な病院(売店?)だ。
ここでもプチ満足




M記念病院の場合、
お風呂は、各階にある風呂場入口の予約表に自分で名記して入浴するシステム。
つまり、早い者勝ちだ。
夜ゆっくりしたい人は、
病院到着後直ぐにお風呂の予約をした方が安心かも


小さいことだけれど、
これから何日もお風呂に入れないことを考えると、
お風呂は手術前日の一番大切なこと!
だったな。
私の場合





◆【片側顔面痙攣の患者数の多い病院の安心ポイント】
片側顔面痙攣・三叉神経痛・舌咽神経痛患者共通。

看護師さんが慣れていて、適切な諸注意が頂ける。
○微小血管減圧術を受ける患者専用のしおりがある。これが優れもの☆☆☆
○同じタイミングで片側顔面痙攣患者さんがいる場合がある。(ちょっと仲間意識)
○同じタイミングで片側顔面痙攣患者さんがいない場合も、
他の患者さんから様子を伺えたりする。(すれ違い入院の場合)




このしおり風のものは、『クリニカルパス』の一種でした。
最近の医療では「クリニカルパス」(クリティカルパス)は重要視されています。
「安心のしおり♪~クリニカルパスの重要性~病院HPを要チェック」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-158.html

手術前に自分でできる安全対策についてはこちらもどうぞ。
「片側顔面痙攣 M記念病院 ~④自分でできること=個人情報流出」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-89.html
関連記事

 午後、面談室で、
A医師(=Mr.脳外)から一人で手術前説明を受けた。

本来は家族同席なのだけど、
夫への手術説明は、私の術前検査の結果と共に外来時に終了していた。
(本人以外の記名が必要な書面には入院前に記名してもらって持参した)

“一人で手術を受けられる”と言うのが私の大前提だったので、
このシステムは大変ありがたかった。

夫は自分で調整できないようなスケジュールが多いし、
年とった両親を、手術前の堅いソファーで、
長時間不安なまま待たせるなんてことはしたくなかったから。
(これはテレビの見過ぎ。M記念病院にはとても居心地の良いデイルーム有り。




外来で夫と共に詳細説明を受けていたので、
入院日の手術前説明は、私にとっては二回目みたいなものだった。


A医師(=Mr..脳外)は、いつものクールな感じで、
「今までの説明と重なるところもあるけど。」手術の詳細を説明。

いつものように分かりやすい。

話しながら同意書にどんどんサインしていった。
山のような同意書。
この間、一切無駄口は無し。

A医師の自信たっぷりな落ち着いた態度とその声のおかげで、
気が付いたらもう怖くはなくなってた。

すっかり怖くなくなった私は、怖いもの知らずで、
「今日の先生のご予定は?」
「明日は私は寝ているだけで、頑張らなくちゃならないのは先生ですから。」
なんて質問してしまった

A医師は、ちょっとビックリしたみたいだったけど、
「そういう質問はいいことだと思います。」
「僕は、お酒は飲まない。手術前は絶対節制してるから安心しなさい。」
とおっしゃった。

そして、
片側顔面痙攣の手術は、
日常困っている人を困らない日常に戻すための手術です。」


「痙攣だけ治って、
でも他に日常に不都合が出てしまいましたなんてことではだめなんです。」
それぞれの患者さんの日常をトータルで考えなくてはいけません。」
「ようするに、病気を治療するだけではなくて、
人間を治療するっていう考えで臨まなければならないんです。」


片側顔面痙攣の患者さんは、
皆さん周りが思っているよりよほど困ってる
困らない日常を手に入れるために頑張りましょう。


とお話しを続けられた。
実は結構おしゃべりさんだった


私は、A医師のお話しを聞いてとっても安心した。
安心してまた泣きそうになった。
朝からずっと、楽しいな素敵だなってテンションあがってるつもりだったけど、
やっぱり不安だったのかな。
気づかなかったけど。。。


医師は私に分かる言葉で真剣に応えてくれる人だった。


A医師との面談を終えて思っていたのは、
望んだような結果がでなくても、
これでもう私は後悔しないなってことだった。


私は、A医師に手術をお願いした自分にとっても満足していた


手術前説明』は、『いつ・誰と』の病院規定は様々。
もしも一人で手術を考えていらしゃる方は、外来予約前に要確認




KoKoRoの声

3回目に夫と共に外来でお会いした際はもう大丈夫と思っていたけれど、
手術前説明のこの日、
A医師に一人で会うのはやっぱりちょっとだけ怖かった

もし、万が一A医師がこのブログを読んだら、
「ウソだろ~。ショックだ。」と言うに違いない!
多分椅子からずっこけてるかも。

病気になってから、
「ストレスを克服できない自分」
「自然治癒できない自分」
そんな自分にがっかりして、
いろんなことに不安を感じていたから、
いろんなことをいつも以上に怖く感じていたのかな。

そんな風に思う。

今、元気になった私は、
A医師を怖いなんてちっとも思っていないから。


手術の具体的内容はこちら


退院してから色々お勉強しています。
手術前に知っていたら安心できたのに・・・と思ったことをご紹介しますね。
2014.09.07「信頼~師弟関係♡医師と患者~」
2014.10.26「不安の解消法~正解はどちら?~突入と回避」
関連記事

手術の具体的な方法について書いておこうと思う。

私の場合は、手術に付き添えない夫と共に、
入院前の外来で、既に手術前説明をじっくり時間を掛けて聞いていた。

それでもこの日、
片側顔面痙攣(hemifacial spasm)の頭蓋内微小血管減圧術について、
A医師(Mr.脳外)は、図を用いながら更に分かりやすく説明してくれた。
以下、M記念病院の場合。


-----------------------------------------
◆頭蓋内微小血管減圧術について
-----------------------------------------

1.名称
英表記:MVD=microvascular decompression
頭蓋内微小血管減圧術/脳神経減圧術/ジャネッタ式(俗称)など、
名称は異なるが同様の手術
間に物を挟むトランスポジション方法と、
血管を釣り上げて離すインターポジション方法に大別される。



2.手術の概略
当日、耳の後ろの髪の毛のごく一部を除毛  

 直線状に皮膚を切開

頭蓋骨に500円玉程度の穴を開ける

硬膜を切開

髄液を排出

 くも膜を切開

 小脳を軽くへらで押さえながら、顔面神経を圧迫する血管を移動
       A医師は、ほぼ押さえないとのこと(お仲間さん情報)
 フィブリン糊製剤べリプラストP コンビセット使用)で固定

髄液を補充

硬膜を元通り縫合

 頭蓋骨、筋肉、皮膚を塞ぎ

終了  イメージできるかな 

 診療明細書から。A医師には未確認。

血管の移動、固定は、手術用顕微鏡下で行われる。
責任血管を吊り上げ、骨側に移動し接着する方法(=トランスポジション法が原則。
○術中聴性脳幹反応(ABR)のモニタリング。(聴神経への負担の程度を確認)
減った髄液分は、人口液を補充。
髪の毛は事前の剃毛ではなく直前に一部のみを除毛。(皮膚を傷つけない



3.その他

通常、入院予定期間10日間。
術後の体調によって、抜糸前、入院4日で退院も可能。
ただし、約半数が痙攣が残ったまま退院。
完全痙攣消失率90%(2016年4月現在)






以上が手術方法の説明。
つまり、
髪で隠れてしまう場所に小さな穴をあけて、
かなり脳の深いところで問題を起こしている血管を、
迷惑にならない場所にしっかり移動する手術。



高度な技術が必要とされるのは、
手術顕微鏡下で行う血管移動部分。

脳幹部付近で側を走行する
聴神経、舌咽神経などを傷つけないよう配慮しながら、
顔面神経を圧迫している責任血管を、
適切かつ安全に移動、固定
させなければならない
とのこと。


責任血管の状態によっては、
トランスポジション法を取れずインターポジション法を取る場合もあります。
その場合、治癒率低下、再発率は高まることになってしまうけれど、
安全に手術を終えることを最優先させます

とのこと。



またA医師は、
開頭範囲の設定こだわりを持っている
ともおっしゃった。



私の場合は、
乳突蜂巣という耳のすぐ内側にある空洞部分にも穴を開けなければならないので、
髄液漏れのリスクが高まる。
「先生のこだわり的には、他からのアプローチではダメだったってことですよね。」
とは敢えて口に出さなかった。
(出せなかった。。。)




同じ病気の同じ手術のように見えても、、
A医師が、MRI画像やCTから頭蓋骨や血管の状態を判断して、
一人一人のための「手術戦略」を立てて下さっている事がよく分かった。



それにしても・・・
私って、いつでも少数派に入ってしまう。。。






◆KoKoRoの声◆

『 適切 』って言われると、
誰もが「そうですよね!」って納得するけど、
実際「じゃあ、適切って何?」
と問われると応えられない魔法の言葉だと思う。
自分の手術が適切だったのか否かは、
実は患者には分からないからこそ、
信頼できる執刀医師を選ばなければならない




NEW2017年1月
隋液について少々調べました(豆知識に記載)
『グリンパティック系は凄い!~脳は寝ている間に大掃除~睡眠の偉業』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-596.html

実際の手術ミスについてご紹介しています
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-412.html

2016年、『アンの日記』を続けたから書けました。
『私の執刀医について~微小血管減圧術の症例数をみて』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-547.html

A医師の手術室のイメージはこちら
「片側顔面痙攣 M記念病院~③手術のイメージはF1チーム!」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-86.html

私の実際の手術時間・治療経過概略はこちら
「病院選びの大切さ~微小血管減圧術を受けて~私の治療概略」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-100.html

手術の際の除毛について
「正解はどちら?~除毛か剃毛か?~」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-95.html

★重要★
 
トランスポジション法についての説明はこちら
「医師にして欲しい大事な質問」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-16.html

関連記事

手術にはリスクはつきものだと誰もが知っている。
脳神経外科手術では、手術に伴うリスクは他の科より多いんじゃないかなと想像している。
片側顔面痙攣手術のリスクについて、用意された紙面を見ながらもう一度A医師と確認した。

手術側の聴力障害  数%の頻度。耳鼻科と協力して治療。
手術側の顔面神経麻痺  起こり得る。
●声のかすれ、飲み込み辛さの症状  ほとんどの場合一時的。耳鼻科と協力して治療。
●脳の膨張、脳圧の上昇 脳神経外科で対処。
●頭痛、めまい、嘔吐などの諸症状  術後多くの場合出現するが一過性。
●発熱、感染  多くの場合一週間程度発熱。抗生物質使用で対処。
●髄液漏れ  感染のリスクが高くなる。順次対応。
●予期せぬ出血や脳梗塞、その他持病の影響  状態悪化の場合、内科との連携で治療。
●エコノミークラス症候群  個々の全身状態に応じて、計画的に事前に対処。
●手術で使用するフェブリン糊によるリスク  感染症、アレルギー反応など
●輸血した場合のリスク  これまでに輸血はなし。安全対策として準備

主として出現する三つの障害の頻度は
聴覚障害 > 顔面麻痺 > のど周辺部の一過性機能障害

でも、2013年の、A医師の実績は、
聴覚消失0% 聴力障害1名、顔面麻痺がやや残った患者1名だった


私の場合は乳突蜂巣に穴を開けての手術になるので、通常の手術より髄液漏れのリスクが高いことも再度確認。
正直、髄液漏れについては、漏れたら入院が長くなるな程度にしか気にしていなかった。先生が治してくれるからきっと大丈夫そう思ってた。


手術が成功して、確実に減圧できても、痙攣が消失するのは90%。10人に1人は治らない。
血管の状態によって、インターポジション法の手術となった場合成功率は更に低くなる。



聴覚神経を犠牲にしてもいいから血管を顔面神経から離して欲しい
と言うのが、私の本心だった。
確実に片側顔面痙攣が治るのなら、片耳が聞こえなくてもいいし、
多少のどの使い勝手が悪くなっても全部我慢できる自信があった。


声を失っても足が欲しかった人魚姫の気持ちが、私にはよく分かった。



でも、A医師にはそんな私の気持ちは通じなかった。


あたりまえか・・・。
物語みたいに、悪い魔女がいたら願いは通じたのかもしれない。


神様みたいなA医師が最後におっしゃったのは、
「ここで止めて帰る人もいるよ。」
だった。

A医師は、最後の最後まで私に選択肢を示して下さった。

片側顔面痙攣“ 選択の自由がある病気 ”って書いたのは私だけど、
時として、自由があるのってとっても大変。
できれば、人に決めてもらいたくなってしまう時もある。
流されてしまう方が楽なこともある。
でも、それでもやっぱり、自分で決めるからこそ後悔がないんだと思う。
ちょっと大げさになっちゃうけど、自分で選んだ人生の先にこそほんとうの幸せってあるんだと思う。

病気になったら、そんなことまで考えた。

いろんな事を立ち止まって真剣に考えることって、大人になるとなかなかない。
病気のおかげでいろんな事を真剣に考える時間ができた


やっぱり ものは考えよう 



ものは考えようって、治癒率をあげてくれる言葉みたいです。
  選択の自由のある病気♪についてはこちらを読んでみてくださいね。
  2013.11.16 「選択の自由のある病気♪~自分次第の治療方法~」
   
関連記事

 私が入院、片側顔面痙攣の手術に際してサインした書類と提出した書類について書いておこうと思う。

1.入院
○HIV(エイズウイルス)検査について
2.入院
入院同意書
○特別療養環境室(差額ベッド)入室同意書
手術予定の皆さまへ(麻酔問診票)
入院看護計画書(説明)
入院診療計画表
○麻酔に関する説明と同意書
手術・検査同意書
○抗菌薬への過敏反応に関する問診票
○輸血同意書
○血漿分画製剤使用に関する説明と同意書
○静脈血栓塞栓症の予防に関する同意書

大切そうな内容なのに、サインが不要だった書類が一つあった。
手術を受けられる患者様へ 』
手術中術後に使用される薬剤について、薬剤師さんから丁寧に説明を受けたが、頂いた用紙には担当薬剤師さんのサインだけでよかった。使用薬剤に関しては、患者の同意はいらないらしい。


他のどうでもよさそうな書類にサインしていたから、ちょっと可笑しく感じちゃったな。



 
【入院前にいただいた大切な紙】

『 お薬情報(お薬手帳、薬剤情報提供書)の提供についてのお願い 』

趣旨は安全かつ有効にお薬を服用するためとのこと。

入院前から止めなければ手術に重大な影響を及ぼしてしまうようなお薬もある。
●病院から支持された薬を飲んでいる。(これも忘れずに!)
●各種サプリメントを数種類・多量に採っている。
●平行輸入で日本の薬事法で許可されていない薬類を服用している。
どのケースも忘れずに、自分から病院・先生に情報を提供しなければ

※M記念病院の場合は、入院コーディネート室を活用しよう!



因みに、私が不在の間に家族が病気になって困らないように、家族の病院・お薬関係の書類は直ぐに分かるようにしてから入院した。

病気は、計画的になるものではないですからね!


自分以上に、家族は大切


関連記事

 詳細かつ丁寧な説明を受けて、病院が用意した同意書にサインをする。
どこの病院でも行われている事なんだと思う。
病院の同意書に関して言うならば、書かれた文を熟考してサインするような類の書類ではない。
手術する」っという時点で、既に熟考は終わってしまっている。

でも・・・。

落ち着いて読むならば、ありえないような内容がたくさん書かれている。

同意書には、「いろんな不慮の事態が起こり得ることを同意する」と確認してサインする。
でも、羅列されるその起こり得る事態をじっくり読んでみると、それって人災ですよね?
と聞き返したくなるような内容が含まれていることに気づくはず。


そんなことにも同意しなくちゃならないんだ。っとビックリするはず。

人は、ミスを犯すもの。
間違いなくそうだろう。
どんな人間でも、どんな環境下でもミスは起こり得る。

本来なら、「同意書」と同様に、残念ながら起こってしまうミスに備え「保証書」なるものが存在してもいいはず。
名前は保険でも契約書でもなんでもいい。
とにかく、起こるはずのないことが起こってしまったら、それは保障されなければならない。
同意したから知らんぷりだとか、「一生懸命やりました。」だけで済むはずはないのだから。




病院医師と患者の関係は対等ではない。



とは言うものの、この同意書というものには法的根拠はないらしい。

なんとも不思議な大量の紙面たち。



医師の立場からしても同じことを言いたいだろうと思う。

A医師はおっしゃっていた。
「患者は皆平等です。」と。
医師の言葉が本当の気持ちだと言うことを今の私は知っている。

でも、それでも、こいつは診たくないなって思う患者もいるに違いない(笑)
(どうか私は入りませんように!


お医者様なら、みんなそんな患者に巡りあっていると思う。


患者は医師を選べるのに、医師は患者を選べない。

ここでもやっぱり医師と患者は対等ではない。



そんなことをちょっと考えた。


みんなはどう考えてるんだろう???

関連記事

入院初日。
何もかもが初めてづくしの一日だった。

携帯電話って本当に便利だ。
連絡したい人たちにあっという間に連絡できてしまう。
夜、家族や友人に今日の報告をしてほっと一息ついたところでビッグサプライズがあった。
友人のKさんが訪ねて来てくれた
Kさんは小児科の女医さん。

3月中頃に会った時には、手術は考え直したらどうかと言っていたKさん。
私は入院日を言ったかどうかも覚えていなかったけれど、ずっと気にしていてくれたらしい。

嬉しくって、またちょっと泣きそうになった。
どうも涙もろくなってしまったらしい

ちょっとお話して、また気が楽になった。今日はいい一日だった


私が手術を決心したのは、白黒つけたかった自分の性格のせいであり、執刀してくださるA先生がいたからだけれど、
チャレンジする勇気をくれたのは、友人たちの存在だったと思う。

たとえ、片耳が聞こえなくても、顔面麻痺になっても、喋り辛くなっても、変わらずに接してくれると分かっていたから。

もしかしたら、暫くは外に出たくなくなったとしても、みんなとは会えるなって思ってた。


一人で入院して一人で手術を受けたと言ったら、後でいろんな友人に怒られた

でも、別にそばにいなかったからって、一人ぼっちと感じていたわけじゃない。


今までの人生、何度か生活に支障があるくらい健康を害したことがあるからこそ、友人のありがたみがわかるんだと思う。
今回もまた、改めて実感した。

みなさん、本当にいつもお世話さま。
そしてありがとう。

みんなの存在が、私の心のビタミンになっている

ここでも感謝感謝。




このブログのことは、同じ病気の方への情報提供として書いているから、友人には話していない。
なので、誰も気づかないはずだと思うけれど・・・。
念のため。

入院のこと、手術のことを話していなかった多くの友人たちも勿論大切に思ってます
お話しする機会がなかっただけですからね!



私に関わってくださっているみんなが、ずっと元気でいられますように。
そんな事を考えながら、とってもHappyな気分で眠りについた。


さすがの私も、この日ばかりは自分の神経のず太さに驚いた

続きを読む

友人のことを書いていたら、
もう一人特別な友人のことを書きたくなった。


私には、もう17年位会っていないけれど、
いつも心の中にいる大切な友人がいる。

今計算したら、知り合ってからはもう28年以上経っている。
全く会っていないけれど、
折に触れ思い出して、葉書を送ったりしている。


昔はたくさん素敵な葉書や面白い葉書があったものだけど、
最近はあんまり見つけられなくてちょっと残念。
これも私にとってはネット社会の弊害かな。


クリスマスカードにするか年始の挨拶にするかは、
その時の私の気分しだいでいい加減だけれど、
友人のお誕生日は忘れない。
素敵なカードが見つかった時はカードを。
見つからなければメールで送っている。
飾れるから、本当はカードがいいかなと思っているのだけど。。。

友人も、私のお誕生日は絶対に忘れない。
友人からお誕生日メッセージが届くと本当に嬉しいし、安心する。


メールできるくらいは元気なのかなって。





友人は、1994年11月6日、大きな怪我をした。
首の第5だか6の骨を折ってしまった。
それ以来、全く動くことができない。


入院から一年後くらいだったか、私は静岡の病院まで会いに行った。
受け入れ先が見つからず、実家のある東京に転院できないとのことだったから。
全く動けないのに、私を見ての第一声は
「元気にしてる?大丈夫?」
だった。


その後埼玉に転院できたので、そちらにもお見舞いに行った。
呼吸を楽にするために喉にも管を入れていて、ろくに話せないと言っていた。
でも、不思議なことに、私には言っていることが分かった。


ずいぶんと年月が経って、
実家を改築して自宅療養になってからは一度も会っていない。




ほんとうは、葉書に書く言葉はもうみつけられない。
「元気?」とか「きっと良くなるよ」なんて陳腐なセリフは書けないから。


私はただ
「私はちゃんとあなたのことを覚えているよ。」
って伝えたくて、葉書を送り続けている。




あなたが頑張っていること、
自分が誰よりも辛いのに私に労りのメッセージを送ってくれることが、
私にとても勇気を与えてくれているよって伝えたいなと思う。




友人からのメッセージは、どうやって送られてきているのだろう?
口で打っているのか?
お母様?
ボランティアの方?
どちらにしろ、送信するのは大変なことなんだろう。


11月19日が、その友人のお誕生日。


もしも、このblogが友人の目に留まったら、
これが自分のことであること、
誰がこのメッセージを書いているかが分かるはず。


もしも、目に留まることがあったら、
それはほんとうの奇跡


奇跡が起こるといいな。




『アンの日記 』は、2014年7月から、過去の記録にそって書いています。
2014年12月。“ 特別な友人 ”からクリスマスメールが届きました
「クリスマスをどう過ごす?~サンタさんを追跡できるらしいよ\(◎o◎)/」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-188.html

2016年、私たちは交流を続けています。
『あなたは「生きているだけで有り難い」と思えますか?~』

http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-470.html

友だちに会ってきました。メールは、口を使って自分で書かれていました。
2016.06.18記載『「またね」は再会を願うことば~好きな挨拶』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-527.html
関連記事

手術の前日、微小血管減圧術手術前説明時に、
A医師がたくさんお喋りしてくれたのには、実は理由がある。
患者にお話しさせて手術前にリラックスさせようにも、私はほぼ声が出せなかったのだ。

かすれ声しか出せなかった。

なんと私は風邪を引いていた
(5、6年ぶり位?)

麻酔科医師も、
手術するかどうかは主治医に任せます」とおっしゃって、
手術を決行するかどうかは当日の朝決めることになっていた。


8時位だったかな?
A医師が病室にやってきた。
朝は、ますます声が出ず咳き込んでいて、
いつも自信満々のA医師が、
「止めるか?」
とおっしゃったのでビックリして、考えずに首を振っていた。

もしあの時考えていたら、多分手術はしなかったんだと思う。
何故かあの瞬間は、まったく考えていなかった。

医師は大きくうなずいて、椅子を引き寄せて、私の腕に点滴をしてくれた。
「いい血管だ」
と褒めてくれた。
私は血管が太くて目立つことがコンプレックスだから、この言葉はとっても嬉しかった。

ブログを読んでくれている方にはバレてしまっていると思うけれど、私は褒められ好きだ
褒められると、単純に嬉しくなっちゃう

手術前の、ほんの少しの時間。
でも、本当ならどうしようもなく不安であるはずのこの時間。
医師の顔を見て、ほんの少しの言葉を交わして、
点滴を入れてもらって、右耳にシールを貼ってもらって、
たったそれだけの事で私のざわついていた心はとっても静かになった。
 

8時半。
ナースステーション前に集合。
他の手術の方と二人で、看護師さんに引率されて手術室に歩いて移動した。
まさに “引率” って感じ。
自分で点滴の付いた棒を押しながら。


手術着(ガウンみたいなもの)を着た中年女子が、
点滴棒を押しながらゾロゾロ歩く姿って笑えない?


手術室の階に移動すると、
手術室前で、麻酔医師、手術看護師さんらが次々と名前を告げながらにこやかに挨拶してくださって、
胸がジーンとした。
本当に心のこもった挨拶だったから。
この時の光景は、スナップ写真みたいに強烈な印象で心に刻まれてる。
この瞬間に既に
「ほんとうにありがとうございます。
って言葉が心に浮かんでいた。

まだ、手術は始まってもいなかったんだけど。。。


自分でも信じられないことに、私はこの瞬間楽しくて興奮気味だった。
手術室の中を表現するのに変な言葉だけれど、その時の雰囲気はとっても“ アットホーム ”だった。

こればっかりは、体験者じゃないと分からない雰囲気だと思う。
しかも多分M記念病院だからの雰囲気なんじゃないかな?
他の人のブログではみんな手術室で緊張してるもの。


それに、女の人が多かったからなんだか安心した。(男性スタッフさんごめんなさい
みんなマスクをしていたけれど美人さんばっかりだった


楽しい気分が絶頂の時、
最後にA医師の顔を見つけて、笑顔で挨拶しようとして固まった。


A医師は、ものすごーく真剣な顔をしていた。

やっぱりやばいのかな。。。


手術台に乗りながら、一瞬そんな言葉が頭をよぎった。


手術台は、思っていたのとは全然違って、柔らかい物が入っていてフカフカだった。
何時間も同じ体勢で固い台に寝かされたら、きっと痣になるな(なにせ中年なので)と思っていたので、
「良かったー」とまた安心。

手術室に入ってから手術台に乗るまで、私の気分は上がったり下がったりしていたけれど、
実のところ、それってわずか数分だったんだと思う。

こんなに大きな手術を受けるのは最後だから(と思いたい)全部しっかり覚えておこうと思ったけれど、
手術台で名前を呼ばれながら眠ってしまって、今となってはたいして何にも覚えていない
ほんとうにあっという間に寝た。というより、あっという間に起きた。


寝たことを覚えていない!\(◎o◎)/


目が覚めた時は、もう病室だった!

麻酔ってありがたい。
麻酔科医師さん、上手に麻酔をしていただいて本当にありがとうございました。





どんな時にも私の頭に浮かぶ言葉がある。

「せっかくだから」

楽しいことも嬉しいことも辛いことも悲しいことも、
せっかくだからちゃんと覚えておこう。
経験にしちゃおうって思う。




七転び八起きって言葉があるけれど、
私の座右の銘は(自分で作った!)

「転んでもただでは起きない。」
だ。転んだら、せっかくだから、何か拾って起き上ろう~って思う。
私は、今回はこのブログを拾った。
自分の調べた情報の芽を育てたいな~
皆のお役に立つといいな~と思っている


たまには拾った石がダイヤの原石ってこともあるかもよ!
人生って、いつでも ものは考えよう  だよね



M記念病院A医師の手術チームのイメージについては
2014.04.25「片側顔面痙攣 M記念病院~③手術のイメージはF1チーム!」
M記念病院A医師の手術チームの安全対策については
2014.04.25「片側顔面痙攣 M記念病院~④自分でできること=個人情報流出」



 看護師さんの「ご主人、まだいらっしゃっていません。」と言う声が聞こえ、
「間に合わなかったんだな。」と思ったのが手術後の最初の記憶。

どこの場所での記憶だかは分からない。

はっきり眼を開けた時には自分の病室のベッドにいた。

顔が軽い
っと思った。
顔が重いと思ったことはなかったのに、不思議と目覚めた時には顔が軽いと思ったのだ。
鏡を見てもいないのに、あ~治ったと何の迷いもなく思った。

そう!
書き忘れるところだったけれど、M記念病院ではICU(集中治療室)を使わない。
どの病院でも微小血管減圧術手術後すぐ~数日はICUに入るから、当然私もそうだと思っていたのに。
最初から、普通の病室で治療を受ける。

夫が私に気づいて「お、目覚めたー。」
と声を掛けてきたので、手を伸ばしたら握ってくれた。

手術は成功だってよ。(血管は)じゅうぶん寄せられたって。」
「A先生は、説明は簡潔だし、いつも落ち着いていていいよね。こっちが安心できる。」

とA医師に感謝していた。

夫は、一筋縄ではいかないビジネスマンだ。(結構小難しいところがある)
夫に「簡潔」「安心」なんて言葉を吐かせるとは、A医師はやっぱりタダ者ではないな。
と考えられるくらい、頭ははっきりしてた。
でもうっかり起き上ろうとしたら、いきなり吐き気が・・・。

やっぱり、手術後いきなり元気とはいかなかった

そのあとで、娘がやってきた。
娘の顔をみるといつも思う。

「病気なのが私でよかった。」って。
まして、片側顔面痙攣なんて顔に症状が出てしまう病気ならなおさら。



私が片側顔面痙攣の学会報告やら資料やらを必死に読む理由のひとつに娘の存在がある。
遺伝性はないのかな?
という心配があるから。
私は、資料を読んで、グレーなんだなって考えている。
A医師がどう考えているかは知らない。
片側顔面痙攣は、血管が顔面神経を圧迫しているという事実がはっきりしているわりに、
何故痙攣そのものが起こるのか、何故責任血管を寄せても痙攣が治まらない人間がいるのか、
はっきりしたことは分かっていない病気だ。
私自身は、痙攣が起きる前から、
顔についているはずのない髪の毛がついているように感じたり、
頬をティッシュで触れられたようなくすぐったいような感じがしたりしていた。

他の人はどうなんだろうと思う。

みんなが感じている詳細を全部集められたら、
今言われている事以上の何かが見つけられないのかなって思ったりもする。


しばらくして二人とも帰った。


手術後から、翌日5時半までは起き上り禁止。
その間、私のお世話をしてくれていたのは、私の担当看護師のハイジちゃんだった。

M記念病院ではICU(集中治療室)が不必要な理由はこちら!
2014.04.25「片側顔面痙攣 M記念病院(術後外来1)~③手術のイメージはF1チーム!」

 微小血管減圧術の手術後、病室に戻ってから翌朝について覚えていることを書こうと思う。

手術中から排尿管を挿入された状態で(知らぬ間に!)
酸素吸入を行いながら(体に残った麻酔をぬくため)、
棒にぶら下がった複数の点滴をベッド脇に立て、
足に血栓予防の装置(間欠的空気圧迫法)を着け、ジーゴロジーゴロという音を聞きながら
ベッド上にじーーーーーーーーーと寝ていた。
見た目には、かなり痛々しい感じだど思うのだけど、術直後から別になんとも感じていなかった
文字通り"な・ん・と・も”。
頭にせよ、挿入された排尿管にせよ、痛いと感じていなかったので、夫の顔を見てうっかり起き上ってしまったのだ

「まるで・・・・のように気持ちが悪くて」とか「まさに・・・・・・のよに痛くて」とか、
”経験者だからこそ書ける”臨場感たっぷりの表現で書きたかったのに・・・
情けないことに、「気持ち悪さ」「痛さ」について、覚えていることは全くない。


覚えていないから、全く気持ち悪くなかったのか、
痛くなかったのかと言うとそうでもない。

夜には、自分で、痛みと吐き気を2回くらい訴えたのを覚えている。
後で確認したら、痛み止め・吐き気止めは、座薬2回で、点滴には6~7回入れたとのこと。
回数で、記憶が飛んでいる部分があるらしい。

そして、帰室後1時間後、3時間後、6時間後と21時、24時の検温時や点滴の確認なんかで来てくれる度に、
私の担当看護師のハイジちゃんに、お水で口をゆすがせてもらったのも覚えてる
手術前朝6時半から翌朝5時半まで飲水禁止だったので、ゆすぐのみ。

喉が渇いていた感覚は記憶になくて、
“ハイジちゃんが、口をゆすがせてくれて気持ちよかったー”という記憶だけが残ってる。

なんだか面白いよね?


今回は、痛みは我慢しない」って最初から決めてた。


あんまり痛い思いをすると、その痛みの経路が残っちゃって、傷そのものが治ってからも何故か痛みだけが残っちゃうってことを読んだ事があったし、過去の自分の経験からどうやら我慢しない方がいいらしいと感じていたから。

体に多くの薬を入れることに抵抗があったり、賛否があったりするのも知っているけれど、私の場合は、「我慢しないで、すぐに薬をもらう」を徹底した結果、たいして不快な記憶は残らず、「親切にされた気持ちいい記憶」だけが強烈に残ったのかなって思う。


私の術後一日目は、辛い記憶ではなくて、「ハイジちゃんに優しくされた、気持ちいい記憶」として残ってる


ただ一つ、ハイジちゃんにもどうしようもなかった痛みがあった!
それは背中痛。ずーーーーとほぼ同じ姿勢で(手術側は向けない)寝ていたから(?)肩甲骨の当たりの背中が痛くてしょうがなかった。
後で処方箋を見たら、A医師はモーラスパップと言うシップ薬を処方してくれてた。
最初からシップを貼ってもらえばよかった。。。
とにかく背中が痛かったから、AM2時位からは、起き上がれる5時半が待ち遠しくて待ち遠しくて時計ばっかり見ていた



入院前に手術前検査は済ませていた。
片側顔面痙攣の微小血管減圧術を受ける一日前に入院。
手術当日は、数時間前に感染予防の点滴を、執刀医師のA医師より入れてもらった。

以降、手術中の専門的なことは何もわからない。
分からないながら、分かる範囲で、
病院でいただいた「使用されるおという用紙に書いてあるおと、
診療明細書に書いてあるお(代金を支払ったお)を列挙しておこうと思う。 


手術中・手術後1日目以降に使われた

○セファゾリンナトリウム点滴静注用1gバック・・・細菌抑制、手術感染予防
○ステロイド(ソル・メドロール静注用125mg)2瓶・・・神経機能の改善
○胃酸分泌抑制剤(ザンタック注射液100mg)2.5%4ml 1管
○ビタミンB12(メチコバ―ル注射液500ug)0.5mg 1管・・・神経機能の改善
○輸液の点滴(ソルマルト輸液500ml)3袋・・・電解質・水分を補う
○ビカネイト輸液500ml 1袋・・・血液代用剤
○プリぺラン注射液10mg 0.5%2ml 1管・・・吐き気止め
○ボルタレンサポ50mg(坐



支払った代金と、実際使用された量は異なることがあると思いますので(半分だけ使用など)、
ここに書いてある量はあまり意味をなさないと思います。

ご参考まで。




 私のこころの声 

薬を一つずつ調べていくと、結構副作用があるんだなーとビックリします
ビックリしていてもキリがないし、素人がパーツ毎に考えてもあまり意味がないことが多いと思うので、
基本は信頼できる医師を見つけること 
見つけたら、医師にお任せして、治療方針に従うこと

この二つが  治療の最短距離   だと私は思っています。
 



片側顔面痙攣で微小血管減圧術の手術を受けた翌日。
待ちにまった朝5時半過ぎ。

ハイジちゃん(私の担当看護師さん)が、
「おトイレ行きますか?」
と尋ねてきた。
フラフラと起き上がったら、(←思いがけず、力が入らなかった
「まだ止めますか?」
と言われたので、慌てて
「行きます!」(←結構、きっぱり)
と言って、なんとか立ち上がった。

この時点では、
「早く起き上がった方が手術術後の経過がいい」とか「頑張るべき!」
(こういう考え方を早期離床と言います
とは全然考えていず、
ただただ、背中が痛くて、じっとしているのが辛くて起き上がりたかっただけ。


起き上がってみたら、思った以上に歩けなかった
ハイジちゃんの手をかりながら、点滴をかけた棒と共にゆっくりゆっくりトイレへ。

トイレで手術中から入れっぱなしの排尿管を抜いてもらった。


実のところ、そんなものを挿入されていることにちっとも気づいていなかったし、
今も、どんな風に挿入されていたのか、
どんな風にハイジちゃんが抜いてくれたのかよく分からない。
それくらい、違和感や痛みは感じていなかった。

部屋に帰ってきて、
ハイジちゃんに手伝ってもらいながら、
手術前に着たガウンみたいなものから自分のパジャマに着替えた。


賢い私はこうなることを予想し、
手術前にパジャマと下着を分かるように揃えて置いておいた!(プチ自慢
しおりには書いていなかったけど、
看護師さんの手を煩わせたくない人、自分の持ち物を触られたくない人は、
術後に着るものを、誰がみても分かるように揃えておくべし



いざとなると、人って恥も外聞もなくなるものなんだな~と思う。
トイレに同伴で行くことも、着替えを丸々手伝ってもらうことも全然恥ずかしくなかった。
自分がそんな人間とは知らなかった。
新しい発見



無事に着替え、
ちょっと動いたら背中も気分も楽になって、またベッドに戻った。
朝食は抜き。
まだ点滴のみ。


その後、A医師が朝の回診。

私はまだぐったりしていたから、ハイジちゃんが起こしてくれた。
頭をきちんと上げられず、
掛け布団を見つめながらA医師に包帯下の術創をチェックしてもらった。
A医師が何かおっしゃった事に返事をした。
質問は覚えてないけど、何か返事をした。
A医師は、更に、耳の脇の包帯下にペンを入れてパチパチやって、
音が聞こえているかをチェック。


そうだ!
聴覚障害があるかもしれなかったんだすっかり忘れてた

昨日から、夫とも娘とも喋っていた。
音がこもることも、耳鳴りも何にも違和感はなかった

いつもはA医師のお顔を見てお話しをするけれど、
この日の朝は顔を上げる元気はなかったし、愛想をふりまく余裕もなかった。


でも、よく考えるとこれって片側顔面痙攣手術後一日目の朝の話。
つまり、手術後まだ20時間も経っていない時


頭を開けたのに、結構凄くない???



注 目
 
“知識” が “治癒力アップ” に繋がると思うので必ずこちらでご確認 
術後に調べたことです。術後回復プログラムについて!
『手術後の回復を早くする最新医療!術後回復能力強化プログラム』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-336.html

術後の治癒力をあげるために早期離床を忘れずに
2014.04.05「手術後の経過をよくするKEY~早期離床について~予防!」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-50.html

微小血管減圧術手術後一日目の昼食は、ご飯が流動食だったけど、おかずは普通食だった。
さすがに無理だろ~と思って手をつけなかった。

なんとなく気持ちが悪い。
ベッドでだらだら過ごす。

この時は、栄養剤としての点滴(※ソルマルト輸液)を棒に吊るしていて、あとは抗生剤の点滴(セファゾリンナトリウム)を、刺しっぱなしで腕にテープで留めてある針(?)から入れてた。こちらは朝晩30分くらいで終了するもの。
※支払い明細より。医師に確認はしていません。


ハイジちゃんが押してくれる車椅子で病院内を移動してCTを撮りにいった。点滴が吊るされた棒を自分で押しながら。

こんな調子だから、結構元気かなと思っていたら、自力でCTのベッドに横になれなかった

何ができて、何ができないのか、自分で自分を掌握できていない

お兄さんに手伝ってもらってなんとかベッドに横になれたけど、手術創が痛い
(この時ばかりは痛かった



微小血管減圧術手術後禁止事項】

髄液漏れを防ぐために、頭に圧のかかるような動作は避ける!
○重い荷物を持つ
○鼻をつよくかむ又は強くすする
○トイレでいきむ
○極度に頭を下げる
○腹筋を強く使うような動作
※私は乳突蜂巣が解放されたため、髄液漏れのリスクが上がっているので特に注意!!


夕飯は粥食。まだあんまり食欲がなかった。
しつこいようだけれど、これって片側顔面痙攣の、開頭手術後一日目のことだから。
ガンガン食べられたら、逆に脳のどこかが壊れちゃったのかと心配になっちゃうかも。


私は右側の片側顔面痙攣だから、手術創も右側。
右側を下にしてベッドには寝れない。
暫くは、上か左向きのみ。
(その様に注意を受けている)

だけど、ベッドの右側が窓。
テレビも机も全部右側にあった。


せっかく、景色のよい窓側のベッドにしたのに、窓の方が見られない。。。

ちょっと悲しい。。。

ベッドの左側ぎりぎりにある、スペースを区切るカーテンを見つめながら、入院して初めて悲しくなった。

ベッドの左側が窓なら、ずっと外を見ていられたのにな。


風邪を引いた時みたいに、一日ごろごろしていたけど、夜は夜で眠れた。
(あ、そもそも風邪を引いていたんだった



頭痛もしないし、特別ものすごく気持ち悪いっていうわけでもないけれど、

これだけ眠れるのだから、やっぱり具合が悪いんだろうな。と思った。


私が調べた治癒率のお話しはこちら
  2014.04.15 「片側顔面痙攣~窓からの景色と治癒力~」





夜は何事もなく過ぎた。
何時間かおきに、夜勤の看護師さんが見に来てくれていた。
看護師さんは、キュッキュッキュキュッとゴム音をたてながら歩くから、廊下を歩いているのが看護師さんか患者さんかは直ぐに分かる。
っと思う。違う人もいるのかもしれないけど。

朝早く目覚めてデイルームへ行った。

M記念病院13階 窓より(2014.04)

窓の外には、都会のビル群。
都会独特の黄色いベールに包まれたみたいな、霞がかかったような朝の風景が広がる。
金色の朝焼けが広がっていく。
もしも窓を開けたなら、電車の音や車のエンジン音が聞こえるのかな?
全くの無音の中に広がる朝の景色は、なんだかとっても非現実的だった。
今ここに居る私も現実じゃないのかな?
これは夢の中なの?
って感じ。


デイルームには、テーブルが幾つかと一人がけの椅子がたくさん置いてある。
ソファーや一人がけのリクライニングチェアーなんかもある。
自販機や小さい台所には白湯とほうじ茶のポットもあるし。
至れり尽くせり。
昼間は患者さんやお見舞い客で賑わっている、病棟の憩いの場だ。




ちょっと緊張した面持ちの人たちがいたら、それは手術の終了を待っている家族達だろう。
心配顔の家族達も、元気そうな入院患者達を見ると、ちょっと安心するんじゃないかな。
私がイメージしていた、
“手術室前の暗い廊下に置かれた固いソファーに座る可哀想な家族像”とは雲泥の差。


M記念病院は、入院患者だけでなく患者の家族達にとっても居心地の良い病院だと思う。


片側顔面痙攣の手術後初めて携帯をチェックした。
昨日もしようと思えばできたのだけど、見る気にならなかった。
たくさんのメールが入っていたけれど、返信する気にならず、心の中だけで感謝を唱えた。
ちょっとだけ、自分が現実に戻ってこれた気がした。


気がつくと、A医師が傍にいて、手術創(=傷口)を見てくれた。
音が聞こえるかも再チェック。

「どれくらい切りましたか?」
「けっこう切ったよ。」

「これ位」 と指で示して下さった。7cm位かな?

私は黙って頷いた。

手術創(=傷口)なんてどうでもいいよね。と心の声。仕方ない。どうせ髪が伸びたら見えない。

でも、手術創(=傷口)を見るのは怖いな。。。


朝食後点滴を抜いた。二回位食事が摂れたら抜くんだそう。
この点滴は多分ソルマルト輸液だろうと思う。
薬類の確認には退院時に貰える診療明細書が結構役に立つ。
薬名がただただ羅列されていて、かなり見にくいけれど

点滴中(2014.04) 角度によって、点滴時間が変わる。



こうして書いてみると、A医師はとてつもなく早くに病院にいたことになる???

とにかく、私の手術後2日目の朝は、まぁまぁ気持ちよくスタートした。


関連記事

--------------------------
◆病院での一日の流れ
--------------------------

※2014年の記録。2017年最新の情報は下部に記載。


AM     6時起床・検温 ・ 血圧測定
       抗生剤の点滴
     8時  朝食 ・ 胃薬内服(ザンタック錠150㎎術後6日目朝まで)
                  医師の検診
    10時  検温

PM    12時  昼食
    16時  抗生剤の点滴(手術後5日目まで)
    18時  夕食 ・ 胃薬内服
    19時  検温 ・ 血圧測定
    22時  消灯 就寝



手術後数日はこんな感じで一日が流れる。



私はここのところ病院食を食べるとちょっと苦く感じてしまう
たくさん食べて、早く傷口を塞ぎたいと思うけど食が進まない…

看護師さん曰く、
食事の直前に抗生剤を入れるせいでそう感じる人もいるらしい。
人によっては全然感じないとのことだから、体って面白い



夕方から5日間は、
食事の後に朝晩ザンタック錠150mg飲むよう指示書が出ている。
ザンタック錠は、手術のストレスによる胃酸の分泌を抑えて、
胃炎などの症状を予防する薬とのこと。
「備えあれば憂いなし」ってことか。
胃の方は、全く違和感無し







入院して3日間は、他の患者さんとほぼお喋りしていなかったけど、
(2日目の朝から手術だったし)
昨晩緊急入院してきたお隣のベッドのNさん(母と同年代)とは、
子供の頃から知っている近所のおばさんのように、
お喋りが始まった。


なにせ緊急入院だから、なんにも準備ができていない。
「ちょっとお隣さん、売店でパジャマを買ってきて。」
と頼まれ、お財布の入った金庫の番号まで教えてくれた。


知らない人をそんなに信じていいのか…
心配になってしまう






看護師さんからを頂いたので、
頭に大きくて太い包帯を巻いたままの私は、
術後初めて、13階入院病棟から1階の外来病棟の売店まで買い物に出た!

ちょっとドキドキしたけれど、痛くはなかった
片側顔面痙攣の手術後2日目で歩けた!  
凄いでしょう~ 
これぞ早期離床







この冒険で、俄然元気が出てしまった!
「なんだ~動ける~」って。
私って単純






この日私は、この後、20分×2回の歩行練習をした。
他の階のことは知らないけれど、
この階では、廊下で歩行訓練をしている人が何人もいた。
私もリハビリセンターは使わず、
自分のタイミングで、自分のペースで廊下を歩いた。


M記念病院の廊下は広くてキレイだし、
各病室をチラチラ覗いて窓からの景色を見ながら歩くのは、
ちょっと探検気分で楽しい。
(病室の向きによって景色が全然違う!)

心はウキウキ楽しくて軽やかなのに、
足はゆっくりしか動かなくて驚いた。
ほんの二日前まで普通に歩いてたのに。






逆かな?
病院によっては、数日ICUに入るんだから、
片側顔面痙攣の微小血管減圧術(=脳幹付近での血管移動)の手術をしたのに、
たった二日で廊下を歩ける方が驚きかも



体調は良好そのもの。
頭痛も、吐き気も何にもなかった。


そして、なにより、
心配していた痙攣もすっかり治まってた


ピクピクもギューも、
顔が奥に引っ張られる感も、口元の歪みも全然感じなかった。


片側顔面痙攣 包帯グルグル(2014.04) 大きな包帯。上から出ている髪の毛はボサボサ


★追 記★~2017年5月情報~

最近の流れです。キイテ~

抗生物質は、術後2日間のみ。
食事も術翌日の昼ではなくて、朝から普通病院食が出されます。


包帯を巻く期間も、徐々に短縮され、
現在では、術後3日間ほどで包帯が外されます。
(包帯が外れれば、洗髪ができるので、
直ぐに洗髪したい方は、お風呂の予約を速攻すべし!)




ここのところ、
術後2日目で抗生物質を終了、包帯も外し、
抜糸は一週間後にしたと言う方もいらっしゃいます。


早期退院の方も増えています。
ご希望の方は、医師に直接ご質問下さいね。






~ご注意~
私の場合、包帯が外れてからは、術創が布団に当たるたびに、
痛くて目が覚めてしまっていました。
クッションなどを当てて寝返りしないよう工夫もできますが、
術創(傷口)が布団に当たると気になるという方は、
医師にご相談下さいね。

痛み」はストレスで免疫を低下させるようですし、
我慢すると慢性痛になる時があります。


痛み」「痺れ」は目に見えず、個人差が大きいものです。
疑問、不安、要望はすべて医師に伝えるべし!






今の皆さんの治療は、過去の治療の結果から導きだされています。
今の皆さんの治療は、これからのより良い治療につながります。

自分のための治療が、実は誰かの役に立つみたいです 





術前術後の管理が十分なら、ICUは不必要です。
最新医療では、「早期離床」が勧められています
「手術後の経過をよくするためのKEY♪~早期離床について」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-50.html

痛みについて、入院前にご確認下さいね
『術後の痛みはがまんするか、しないか?~早期回復のために』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-168.html

『慢性痛って病名ですよ~正しい痛みの対処方法~』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-268.html

『日米の痛みの対処療法の違い~医療用麻薬について~』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-342.html

早期離床 という言葉をご存知でしょうか?

知っていると術後の治癒力アップに繋がりそうなので、
ちょっとだけ調べた事を書いておこうと思います




日本は、「早期離床」や「早期退院」というシステムが欧米に大きく遅れをとっていました。
どれくらいの違いだったかと言うと、例えば急性心筋梗塞の場合。

(例)


     1990年代   欧米・・・入院期間10日   日本・・・  4週間プログラム発表

みたいな。。。
全部の疾患がそうではないのかもしれませんが、かなり隔たりがありますよね。

私は、1990年代に米国で足の手術を受けていますが、日帰り手術でした。
その手術は、当時日本では一か月入院でしたし、今でも二週間以上入院を薦められるらしいです。

また、同年代にやはり米国で出産をしていますが48時間入院でした。
こちらは州毎の差異がありますが、日本のように一週間入院なんてことは絶対無いと思います。

随分な違いですね

でも、ここでちょっと注意しなければならないのが、
早期離床その先の早期退院が、
必ずしも医療の差、つまり技術、知識、医師の質、看護師の質etc.
そういうものだけで決定されているわけではないという事です。

日本国内を思い浮かべても、
保険料の負担額増大だったり、医療制度改革だったり、
政治的経済的側面の影響を受けての“医療”の変更ってあります。
なので、早くから早期離床をしていて、今でもすっごく早々に退院させている欧米の医療が、
医療の質の向上を目指した結果かどうか、
日本が見習わなくてはならないものなのかどうか、
?です。




前置きはさておき、治療の側面からみた早期離床とは・・・
 
もともとの疾患の治療がすんだのにあんまりのんびり寝ていると、
他のよくない症状が出る恐れがあるので、そうならないように、
全身状態が落ち着いたらできるだけ早い時期に
頑張って、座ったり立ったり歩いたりしましょうね!


ってことです。

具体的には、
●呼吸器合併症を予防する
●循環器合併症を予防する
●消化管合併症を予防する
●排尿障害を予防する
●骨筋・筋肉・関節の衰退を予防する
●精神活動を活発にして術後せん妄などを予防する
ことなどを目的にしています。

早く起き上ると、良いことだらけです。

こんな風に説明を受けると、
手術後は気合いを入れて起きるぞ」って言う気になりませんか




知っているのといないのとでは、頑張りようも変わっちゃいますよね。
今知った方は、入院時には是非実行してみて下さいね!


もちろん、無理のないよう適切な管理下でです。



微小血管減圧術手術後ICUを利用しないM記念病院の基本方針は、
患者の早期離床にはうってつけの入院プログラムです




男性患者さんたちは、
可愛いい看護師さんが優しくしてくれるからもう少しゆっくりしよう~
なんて思っちゃダメですよ!
そこは、男らしく(死語かしら?)頑張って下さいね





私の手術後の最初のトイレ時も、最初の飲水時も、
ハイジちゃん(担当看護師さん)がちゃんと見ていて、
上手に促し、励まし、お手伝いしてくれました。

私の手術後の経過が良かった要因の一つは、きっとハイジちゃんの適切な離床ケアです。
ハイジちゃん、どうもありがとう
感謝感謝です




M記念病院では、ICU不使用であるが故に特に早期の離床が達成されています。
(ICUに入ると、その分早期離床が遅れます。)
M記念病院でICU未使用治療が行える理由はこちら。
2014.04.25 「M記念病院(術後外来1)~③手術のイメージはF1チーム!」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-86.html

片側顔面痙攣手術後2日目夜。

夫がやってきた。

昼間はゴルフに行ってきたとのこと。
私のお見舞いの後は、趣味のジャズを聴きにいくつもりらしい。
お見舞いのついでにジャズなのか、ジャズのついでにお見舞いなのか。。。

アイスクリームを一つ買ってきたので、少しもらって食べた。
病院食以外のものを久しぶりに食べた。美味しかった
抗生剤の点滴の後でないのも良かったのかな。 とっても美味しく感じた。

結婚後、初めて買ってきたのもアイスクリームだった。
その時は、2個買ってきたけれど、今日は一つ。
私は、アイスはちょっと食べるのは好きだけど普段は1個丸々食べることはない。

結婚21年の歴史はこんなところに表れるものなのかもね。


 注意 
一般の病室有料で冷蔵庫は使えるけれど、
冷凍庫はないからアイスは保存できないので入院時は要注意!



夜は気分良く就寝したのだけど・・・

寝始めたら直ぐに頭痛がしてきた。
気にしないようにして眠ってしまおうと二時間粘った。
が、とうとう耐えられずナースコールをしてしまった。

散々動き回って好き勝手をした挙句に、忙しい夜勤の看護師さんの手を煩わせてしまって、本当に申し訳なかったし、
自分が情けなくなってしまった。
子供じゃあるまいし。。。

ボルタレン錠25㎎とムコスタ錠100mgを飲ませてくれた。
このは、術後に10回分が処方されていて、患者の状態で適時飲用できるように看護師さんによって管理されてた。
私は、手術直後に2回飲んでいたので、これで3回目。
夜に頭痛がするのは、片側顔面痙攣の手術後の患者さんにはよくあるとのこと。
ちょっと安心した。

ここの看護師さん達は、みなさん微小血管減圧術後の患者に慣れているから
彼女達の経験談を話してくれてなんとなく安心する。



を飲んで、
手術後二日目にしては歩き過ぎたのかな?
寝る直前に血流をよくするのはよくないのかな?
と反省しながら眠りに落ちた。


※翌日に、看護師さんにご相談し頭痛を自分で保管しました。(夜中にお願いするのが嫌だったので)
 看護師さんとのお約束は、飲んだ後の包みは捨てずに専用箱に入れておくこと。
 看護師さんが服の状態を把握するためですね


関連記事

                                                
片側顔面痙攣の微小血管減圧術の手術後3日目朝。

5時に起きてデイルームへ。
私は、通年ほぼ毎日リンゴを食べる
手術日から丸3日食べていなかったので、久しぶりに持参していたリンゴを食べた


病院の夕飯は早いのに、朝食は遅いので、元気になってくると朝食までがとっても辛く感じるようになる。

リンゴはちょうど良い間つなぎに

朝食前に、抗生剤の点滴を約30分。


待ちに待った朝食
でもやっぱりちょっと苦く感じる

入院前に、お試し割引価格ではちみつ青汁(粉)を購入してみた。
朝食に付いてくる牛乳と、専用シェーカーで混ぜて飲んでみたら美味だった
私は牛乳嫌いだし、病院食はちょっと生野菜が少ないからはちみつ青汁を持参して正解だった

なんとなく健康に近づいた気がする。(気持ちが大切


片側顔面痙攣は、脳神経外科分野の「機能性疾患」に分類されている病気だけれど、
私は “病気” じゃなくて “身体障害” のように考えている。
なので、基本的に病人のように振舞う必要はないはずと思ってた。(私の場合、他の疾患は無かったから)


入院用の衣類は、手術直後に看護師さんがケアをしやすいように前開きのパジャマは用意したけれど、他は全部動きやすい衣服を選んだ。靴はマジックテープ付きの運動靴。(子供の体育靴だけど


手術の成否とは関係なく、帰宅時までにできる限り病院で日常生活に近い状態までもっていけるようにと考えてた。
「病気の治療」「身体機能の維持」は別ものだもの

病気は信頼する医師と看護師さんが全力でケアしてくれているけど、その他の身体機能の維持・向上は自分次第。


早期離床の重要性もしきりに叫ばれてるしね!

ただし、脳圧を上げないように腹筋を使わないとなると、やはりかなりのことができないのも事実

けど、病院だからと寝てないで動ける限り動くべし


片側顔面痙攣手術は、「困っている日常を困らない日常にする手術」ってA医師も言ってた。
ほんとにその通りだと思う。

困らない日常を手に入れるために、自分でできることは何でもするっていう私のスタンスは、入院中もずっと変わらなかった

入院5日目。手術後3日。とっても快調に一日がスタートした




早期離床については
2014.04.06「手術後の経過をよくするためのKEY♪~早期離床について」





続きを読む

今日は、W医師(女医)が回診。
「A先生は?」
と尋ねると
「たまにはA先生も休ませてあげてください。」
というお応えだった。

そうかー。
すっかり、入院中は毎日A医師に診てもらうつもりになっていたけど、
A医師だってお休みの日があるよな…。
当たり前のことに全然気づかなかった。





ちょっと長く入院されていて、
病院の事に詳しい同室のMさんが、
外来病棟に設置されているコーヒー自販機が一番美味しい
と勧めてくれたので、
朝食後に一緒にコーヒーを飲みに行った。


この日は日曜で、外来病棟には患者さんがいなかった。
おまけに、最近の病院は消毒薬とか病院ポイにおいがしない。


視線の先に、
電灯のメンテナンスをしている作業服姿の人たちを見つつ、
コーヒーを飲みながら女子トークをしていると、
手術したばかりのことや、今入院していることを、
うっかり忘れちゃいそうになる。




ソファー(ビニール製の長椅子!)に座って、
Mさんと気持ちよくコーヒーを飲んでいたら、
Mr.脳外(=A医師)がいつもの外来の部屋から出てきて通り過ぎた。
休みって言ってたのに居た!


ずっとおMさんと喋りを続けていたら、
Mr.脳外が部屋に戻ってきた。

その後もず~とお喋りしていたら、
またMr.脳外が出てきてしまった。



ずーーーーーーと何時間もお喋りしている私に呆れたのか、
今度は通り過ぎずに寄ってきて、
手術創(=傷口)チェックをした後、

「帰るか?」
抜針は退院した後外来でしてもいいから。」
と言うので、
「それは嫌!!!」って即答



私がとても膿みやすい体質だということ、
手術そのもの以上に、
傷口、手術跡(=手術創)管理が一番の不安材料だと言うことは、
きちんとA医師にお伝えしていた。


今までに何度も、
後になってから傷口が悪化する私を見ているから、
家族はみんな「とにかく入院していなさい!」って感じだった。


私は、安全第一(?)でとにかく長く病院にいたくて、
入院コーディネート室でも、
過去の経緯を声を大にして訴えていた!!





お祈りをするように手を組み合わせて、
泣かんばかりに、
抜針は病院でして下さい!」ってお願いした。
おもわず
「つい楽しくって!」と言い訳までした。 


A医師はそんな私を見て笑いながら、
「そうでしょ」 とおっしゃった。





お喋りが過ぎて怒られたのかと思ったけれど、
無事、まだ入院していいことになったので、
安心してMさんと歩行訓練をすることにした。


Mさん曰く、
外来終了後の外来病棟は、
スペースが広くて歩いていて飽きないので歩行訓練に最適

とのこと。
なるほど
(ほんとにやっていいのか確認していません



一緒に歩く気満々だったけど、
私のペースが遅くて、全然Mさんについていけなかった。
頭がジンジンしてくるし、自分の頭を重く感じてしまう。
やっぱり “ 完璧に元気 ” と言うわけにはいかない。




手術後3日目は、
朝・昼・晩の入院食、
リンゴ、コーヒー、おやつのアイス(Nさんと一緒に)としっかり食べた。
たくさん食べて、
たくさんお喋りして、
”完璧に元気”ではないけれど、
日常生活に近づけた一日だった。



◆豆 知 識◆

早期退院について・・・

後で伺ったところ、A医師は、
手術創(=傷口)の状態がよくて体調の良い患者には、
手術後4日目に洗髪してその日に退院を許可している

とのこと。

微小血管減圧術を受ける若い患者さんでは包帯解除が早く、
10日間未満で退院する患者さんが目立つそうです。
その場合、抜針は外来で行われます。
抜針は麻酔無しで、簡単に終了。無痛でした



私のように、抜針まで入院していたい患者さんもいれば、
短期入院の方が都合がいい患者さんもいらっしゃるでしょう。

手術創・体調は勿論のこと、
仕事や家庭など、個人的な都合は自分からお話しするべし

安心、満足が治癒力を上げますよ~


NEW~2017年6月追記~
2017年、治療スピードがアップしています!
医療の進歩?医師の進化?をご確認下さい
『入院4日目~術後2日~①一日の流れ』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-47.html


Mr..脳外(=A医師)は、ほぼ毎日回診してくださる。
(私は2日違う医師だった)


回診時間は決まっていないから、
こちらが覚悟がないのにあっという間に傍らに来ていて、
「チェッーク」
と言って、ちょっと包帯をいじって
「オッケー」
と言う。

私は“傷口が膿む”ことを人並み外れて恐れているから、

大丈夫ですか?」とか、
「膿んでいませんか?」
とか慌てて聞くと、
「問題ない。」とか、
「僕はそんな縫い方はしない。」

とお応えになる。



その間本当に数分。
長くて3分。
正直、ほんとうに診ているのか怪しい位に短い。




A医師のことは『Mr.脳外』というネーミングがピッタリだと思っていたけれど、
入院してからは、『ウルトラマン』の方がピッタリだと思う。


A医師は、私の回診には3分しかいない(3分以下!)
ウルトラマンも地上には3分しかいないから同じだな、
と思うと不安な気持ちが減る気がする。


きっと正義の味方にはタイムリミットがあるんだろう。
他に、先生を必要とする患者さんが沢山いるんだろう。
体調の良い私はガマンガマン。


と、自分を納得させながらも、
でもどうにも腑に落ちなくて、
ちょっとは時間のありそうだったこの日、とうとう伺ってみた。



「先生は、回診でいつも何をしているんですか?」
「Good question です。」


へ・・・?
私、良い質問したの???



以下、この時は察室のようにいつものメモ帳を持参していなかったから、
会話の内容は正確性を欠くかも。カモカモ
でも、大切なお話しだったと思うので書いておきますね。





Q.「先生は、回診でいつも何をしているんですか?」


A.「Good question です。」


手術直後に清潔な生理食塩水で洗浄したあと、
原則として一切消毒はしていません。
傷は、きちんと縫合されていれば数日間でふさがります。
消毒は、皮膚の再生をむしろ阻害するとも言われていますから、
必要なければ何もしません。

ただし、内側から何らかの液体が漏れてきていたり、
皮膚の下がぶよぶよになっていたりした場合は対応が必要になります。

回診では、何らかの兆候がないかを「チェック」しています。

チェックポイントは幾つもあって、「傷を見ること」は大切な診察ですが、
僕は慣れてるからあっという間に終わってるって感じているんですよー。


以前は、手術後は縫合してある部分を毎日消毒して包帯をして、
洗髪は手術一週間後の抜針が終わってからでした。
僕も含まれますが、少し前の時代の医師は「傷は消毒」という教育を受けたので、
消毒しないということに当初はかなり違和感を感じましたねー。



手術消毒しない、剃毛しないという事を始めてから、
明らかに傷のトラブルは減っています。


つまり、
いかに医療が患者にとってマイナスの事をしていたかを思い知るわけです。
(消毒は)患者さんにとって百害あって一利なしですよ!

因みに、
包帯は傷の保護とか感染予防の意味より、一番には傷口を圧迫するためです。






会話は、だいたいこんな感じだったはず。
A医師は、流暢に説明されて、
自分のお部屋に消えてしまった。


この日はたぶん病院はお休みなのに、
何かの用事か研究かで自分のお部屋に来ていたんだと思う。


「お忙しい中、
きちんとお応え頂きありがとうございます」と、
心の中で思った。







A医師とのこの会話は、
手術の技術」だけで手術の成功率が決まるわけではない、
治療方法は日々変化している
そんなことについて考え出すきっかけになりました。

今(2016年)も、
私は医療・治療事情について調べて、ご紹介を続けています。 
手術をお考えの皆さんに、必要な情報が届きますように。  




私が調べた、手術部位感染症予防の話はこちら。ご確認下さい。
「正解はどちら?~手術創の消毒はするか、しないか?」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-94.html

「正解はどちら?~除毛か剃毛か?」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-95.html


脳神経外科で頭蓋内微小血管減圧術を受けるために入院して5日目。
手術後3日。

この日、自主トレ中(単に病院内を歩いてただけだけど)に、
偶然お会いしたA医師に素朴な質問をしてみた。

頂いたお応えは大事なことだと思うから、
改めてご紹介します。


※この頁は、カテゴリーKEYポイント★★用に、
前頁「入院5日目(術後3日) 消毒について」を修正した頁です。




Q.「先生は、回診でいつも何をしているんですか?」


A.「Good question です。」


手術直後に清潔な生理食塩水で洗浄したあと、
原則として一切消毒はしていません。
傷は、きちんと縫合されていれば数日間でふさがります。
消毒は、皮膚の再生をむしろ阻害するとも言われていますから、
必要なければ何もしません。

ただし、内側から何らかの液体が漏れてきていたり、
皮膚の下がぶよぶよになっていたりした場合は対応が必要になります。

回診では、何らかの兆候がないかを「チェック」しています。



以前は、手術後は縫合してある部分を毎日消毒して包帯をして、
洗髪は手術一週間後の抜針が終わってからでした。
僕も含まれますが、少し前の時代の医師は「傷は消毒」という教育を受けたので、
消毒しないということに当初はかなり違和感を感じましたねー。



手術後消毒しない、剃毛しないという事を始めてから、
明らかに傷のトラブルは減っています。



つまり、
いかに医療が患者にとってマイナスの事をしていたかを思い知るわけです。
(消毒は)患者さんにとって百害あって一利なしですよ!







会話は、だいたいこんな感じだったはず。


この時は、何せ診察室のようにいつものメモ帳を持参していなかった。
会話の内容は正確性を欠くかも。カモカモ






A医師とのこの会話は、
手術の技術」だけで手術の成功率が決まるわけではない、
治療方法は日々変化している
そんなことについて考え出すきっかけになりました。
今(2016年)も、
私は医療・治療事情について調べて、ご紹介を続けています。






感染症予防のための消毒のお話はこちら。是非ご確認下さい。
「正解はどちら?~手術創の消毒はするか、しないか?」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-94.html

感染症対策としての剃毛についてはこちら
「正解はどちら?~除毛か剃毛か?」
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-95.html

A医師の消毒のお話しについて。詳細はこちら。
『手術創(傷口)~消毒について~A医師の方針』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-53.html

関連記事

片側顔面痙攣の微小血管減圧術の手術後、4日目。
今日も朝の4時頃から目が覚めていて、5時とともにベッドがら起き出した。
手術後二日目からこのペースで毎日デイルームに行っている。

リンゴ、ナイフ、筆記用具、入院手術記録ノート、携帯電話。
これらを移動用の小さいバッグに入れてサイドテーブルの上に準備しておいた。
準備をしておけば、音を立てずに部屋を出られる。
4人部屋なのだから、マナーは守らなくちゃ。


私の場合、最初から病院でぐっすり眠れるなんて期待は持っていなかったので、早起きは全然気にならない。


入院手術の記録は、この時間を有効活用。
でも、ちょっと長く下を向いていると首が痛い。
肩まで張ってくる感じがして、書きものが思うように進まない。
実は、携帯を見る角度も気をつけないと首?肩?が重くなってくる。

思うように進まなくてちょっとイラっとした。


A医師に、「内疾患じゃないんだから、何でも好きなものを売店で買って食べなさい」と言われたのを思い出して、売店に行ってみた。
好物のベーグルが売っていたから購入。
朝食の時に、パンの替わりにベーグルと食べた。美味しい
お隣のNさんと、「上げ膳据え膳でありがたいよね~。」なんて言いながら食べていたから、尚更美味しく感じたのかも。


病院内での一番の(唯一の)楽しみは、やっぱりお食事の時間だから、
美味しいものを食べられた方がいいし、一緒に食べられる人がいればもっといい



ちょっと遅めの10時ごろMr.脳外(=A医師)が回診にやってきた。

A医師は、いつも私が気づくより早く私の右傍らに立っている。
手術創(=傷口)を見ているA医師に 「 満足? 」 と聞くと
「 95% 」 という答え。
え?100%じゃないの???

聞き返す前に、「××××」と言い放って、私の包帯を持ってもういなくなってしまった。

なんて言ったんだろう?
暫く考えて思いついた。
「洗髪」って言ったんだ!


この日私は包帯が取れ、手術後4日目にして初めてシャワーを浴びて、洗髪もした。
(体は、毎日持参したウェット使い捨て体拭きで拭いていましたよ!そのくらいのプライベート空間はあります&看護師さんにお願いすればお絞りをくれます

まだ抗生剤の点滴を入れるための針(?)を腕に刺したままなので、そこが濡れないように看護師さんにビニールに包んでもらって、昼間のうちにお風呂へ。

洗髪時の注意 


 1.頭を下げないよう
 2.傷口を引っ掻かないよう

注意と指導は受けたけれど、特に介添えなく一人で入浴
頭は、注意されなくてもそもそも下げられない。深く下を向くと痛い。

片側顔面痙攣の手術創(=傷口)は、場所的に自分では見えないから、丁寧に洗うことは難しい。
恐る恐るやっていて、結局手術創(=傷口)はしっかり洗えなかった。お湯でじゃんじゃん流しただけ。
ちょっと触っただけでも、かなりの傷跡だと分かるけれど、お湯を当てても全く痛くない。
この時点では、むしろ麻痺していて感覚がない。

なので、まったく怖がる必要はなかった!
単に、久しぶりに清潔になってすっきりした~爽快~って感じただけ。


洗髪後は、看護師さんとA医師のダブルチェック。
怖くて手術創(=傷口)周辺は洗えていなかったような気がしていたけど、綺麗に流せていたらしい。
つまり、手術創はお湯でじゃんじゃん流せばいいらしい。
ハイジちゃん(私の担当看護師)は、手術創(=傷口)はとってもきれいだと請け負ってくれた。
ハイジちゃんは、たくさんの片側顔面痙攣の患者の手術創(=傷口)を見ているのだから、
きっと本当に大丈夫なんだろうとちょっと安心した。

包帯を巻いている間は特になんとも思っていなかったけれど、取ってみたら頭が軽かった
楽チンだった!
包帯って普段はなんとも思わないけれど、結構重さがある。
特に片側顔面痙攣の包帯(M記念病院の場合?)はなんだかクッションみたいなものが入っていてちょっと厚さがあるのでなお重い。取ったら、それがよく分かった。
手術後4日で取ることって、それだけ首や肩への負担が軽くなるって意味でも◎


ドライヤーは、廊下にある洗面台に設置されている。洗面台もドライヤーもたくさんあるので、誰かと重なって困るなんてこともない。


4日ぶりにすっかり清潔になったところに、私の父母が来た。
車で一時間半ほど掛ったとのこと。
申し訳ない。。。

病院内にあるカフェレストランで、お食事&お茶をした。
久しぶりに綺麗さっぱりしていたし、何より大きな包帯姿を見せないですんで良かった





病室に戻ってから、みんなに手術創(=傷口)を見せた。
みんなが、傷口が真っすぐでとってもきれいだと言ってくれた。
自分では簡単に見られないし、見たいとは思わなかった。

みんなきれいだと言ってくれるけど、手で触るとやっぱりゴツゴツして醜い傷跡が想像できちゃうから。
「髪でかくれるから大丈夫。とにかく膿さえしなければOK.」
って自分で自分に言い聞かせていた。

今日は、シャワーを浴びて、洗髪をして、父母と長い時間お喋りをして、とっても楽しかった。

そして、夜には夫がやって来た。
入院6日で、3回のお見舞い・・・。

夫はとっても忙しい。
私の平均睡眠時間は、5、6時間だけれど、夫のそれは多分もっと短い。
誰にも迷惑をかけないようにと思ったけれど、やっぱり迷惑をかけてしまった。
とても申し訳なく思う。
元気になったら、良い奥さんになろうと思う。


多分、元気になったら忘れちゃうんだろうと思うけど・・・。アハハ


ここに書いたから、たまには自分で読み返そう(*^_^*)


久しぶりに気持ち良くて、本当に楽しい一日だったけれど、夜鏡を見たら、びっくりする程顔がげっそりしていた
手術後四日にしては、ちょっと起き上り過ぎというか、朝起きてから一分たりともベッドにいない一日だった



どうやら、今日の一日のスケジュールはオーバーワークだったみたい。


続きを読む

微小血管減圧術の手術後の体調そのものや手術創(=傷口)についてもう少し詳しく書いてみようと思う。
ようは、気にするかしないかにもよると思うのだけど・・・。
やっぱり、ここのところがとっても気になるって人もいると思うから。

手術後4日目。
私の場合、基本的に何もしなければなんとも感じない。

頭痛とか吐き気とか、な~んにも感じない。むしろこの時期普段なら花粉症の影響で頭痛やかゆみがあるけど、花粉症の薬を飲んでいないのになんの症状も出ていない。
病院内の空気清浄機能のせいかな?それとも、手術で体が弱っているから、過剰反応できなくて花粉症の反応が治まっているのかな???
どちらにしろ、例年より具合が良い


では、何かした時どうか?
何ができて、何ができないか。

日常生活では、歯磨きがちょと辛い。
うがいで下を向くと、なんだかくらっとするし、首が痛い。

携帯電話も、斜め下を向く角度が、なんだか首?頭?が痺れてる感じがして嫌。
日経新聞電子版をインストールしているから、新聞も病院で普通に読めると思っていたけれど、
全く読む気にならない。

歩くのが、いつもより遅い。
気づかなかったけど、同室のMさんとお散歩しようとしたらペースについていけなかった。
でも、疲れやすいわけじゃない。
一人で歩行練習している分には幾らでも歩ける。

お喋りはできる。術後3日目からはガンガン人と喋っている。
でも、声が本当にちゃんと出てきたのは今日からかも。
風邪を引いた状態で入院して、手術直前は声がほぼ出なかったから、今になって看護師さんや同室の方に

「こんな声だったんですね~」と言われる。

みんな私のことをハスキーボイスだと思っていたみたい。
それはそれでカッコイイし、ずっとお喋りでない人に憧れているから、ちょっと声が出にくい位が私には丁度いかも。
主人は、手術前A医師に、
「ちょうどいい塩梅に、声を出ないようにして下さいって言わなくちゃ~。」と言っていた。
彼のジョークなんだけれど、デリカシーがない
手術が終わったら、むしろ嬉しくてバージョンアップしてしまった。
帰宅したら何と言うかな。楽しみだ

ただ、本当はずっと人と喋っているのは辛い。
自分の頭が重く感じる。
首に手を当てて自分の頭を支えたくなるし、肩が張ってくる。
でも、私と喋っている人はみんな気がつかないみたい。




みんな、私のことをとっても元気で明るい人って思ってるみたいだ。
この病棟は、けっこう年配の方が多いけれど、
「ニコニコしていて、あんたの笑顔はいいね~。」とか
「あなたを見てると元気がでるわ~。」
なんて言いながらよく話かけられる。
一人は、両耳の具合が悪くて入院中。
あまり聞こえないと言って、私の顔を見ながら一人でお喋りしている。
顔を見ながら喋ってるだけでいいんですって。

つい数日前まで、遠慮しながら笑顔を作っていた自分がウソみたいだ。
私は夜中に痙攣していたから、朝は顔が硬直していた。
毎朝、顔をほぐすためにマッサージするのが日課だった。

あんまり元気そう元気そうって言うから、髪を上げて手術創(=傷口)を見せてあげたらビックリしていた。
片側顔面痙攣の手術跡は、実は結構大きく感じるのかも???

おじいさんは、
「あんたは大丈夫だ。元気になる顔色をしている。」って請け負ってくれた。


重たい物を持つこと、イキムことは禁止されている。
実際持てない。
ちょっとした重さの物を持とうとすると、術創付近の皮膚がじんじんしてくる。

イキムことはできるのかできないのかが、分からない。
気にし過ぎて、ちっともイキめない。
なので、実のところ便秘だ。どうしよう
看護師さんと相談して、薬を二種類調整しながら飲み始めた。
ずっと便秘だとまた違った病気の心配が出てくるらしい。。。

目下、一番の問題、心配ごとは便秘だ。
私は、日常生活では便秘に悩むことはない。草食だからだと思う。
なので、特に自分なりの対症療法が無い。


普段から、自分に効きやすい便秘薬がある人は持参して、薬剤師さんに相談しながら使った方がいいかもしれない
ちょっと恥ずかしいけれど、小さいようで大きい問題みたいだから書いておきます。


結局は、気にするかしないかにもよるんだと思う。
痛いところある?と問われれば確かにある。
調子悪いところある?と聞かれれば、無いとは言えない。
でも、
片側顔面痙攣の、頭蓋内微小血管圧術って、思っていたより全然平気なんだ~って言うのが正直な感想。


手術創(=傷口)の痛みに関しては、この手術が私がした中で一番痛くない。っていうか、
頭って切るとあんまり感じなくなっちゃうんだなって驚いた


片側顔面痙攣の手術後5日目。
つまり、頭蓋内微小血管減圧術、頭の深部にある脳幹付近の血管を寄せる手術をしてからわずか5日。
なんど書いても、文字にすると恐ろし気に感じる。
昨晩顔がげっそりしてたからちょっと心配だったけれど、この日も朝5時からデイルームに行けるくらい元気に目覚めた。
デイルームの窓は方向的に太陽が昇る方ではないから、外はただ薄ぼんやりと明るくなっていくだけで、
窓からの景色はさほど感動的ではない。都会のビル群の朝焼けって殺伐と感じる。

以上
手帳に書き込んである文面通り。
え?
わずか3日前、術後2日の朝には朝焼けを絶賛してたのに・・・

景色を美しく感じるかどうかって、思っていた以上に  “心 ” に “ 気持ち ” に影響されるんだな。
前は、単純に手術の成功が嬉しかった。とっても幸せって感じた瞬間に見た朝焼けだった。
今はちょっと家が恋しくなってきたのかな。

都会じゃない郊外の我が家の窓からの景色が、たいして美しくなくても懐かしい。カナ


朝食に、昨日に引き続きベーグルを買う。
今日は朝食時にMr.脳外=ウルトラマン=A医師が診察にいらした。
青汁の粉に牛乳を注いでいる時に・・・。
いつも気づくと傍にいるから、隠しようもないし、身繕いする暇もない

トレーに乗っているベーグルにA医師の視線を感じたから、
「先生が買ってきていいって言ったから・・・。」
と言い訳。
「いいよ。」
と一言。
何故かいつも言い訳しているような・・・ 
別に怒られているわけじゃないんだけど・・・。

医師は、病棟にいる時、ちょっと威圧的に感じる。
“ 威圧的 ” って言うと悪いイメージになっちゃうけど、言い換えると強い 存在感がある ”。
だから、医師が「大丈夫」って言えば大丈夫な気がするし、「問題ない」って言えば問題ない気がする。
同じ景色でも違って感じるのとおなじ。
同じ病気でも違って感じる。
私は、最初の病院からM記念病院に来て、A医師に出会ってから「自分の病気は治る」って感じられるようになった。
なんて言えばいいのか・・・これはちょっと根拠のない “ 感じ ” 。
でも、病気と立ち向かう時にとても大切な“ 感じ ” だと思う。

これを 信頼っていうのかな。


今日は、朝9時に入浴した。(こんな時間にも予約できる)
洗髪してはいけないとのことだったから、お風呂にたっぷりお湯をはって、持参した入浴剤を入れてちょっと寛いだ。
(術後一カ月は長湯禁止)
M記念病院は、昔の病院によくあったような消毒臭いような匂いはしていないけど、それにしても自分の周囲が好きな香りで満たされるのは心地いい
お風呂はいつでもプチ幸せを私にくれる


香りと言えば・・・
入院してから、ずっと娘がくれたハンドクリームを使っている。
入院して特になにもしていないからハンドクリームなんて必要ないのだけれど、とってもいい香りで癒されるから。
こちらもプチ幸せ
一度、看護師さんが検温・血圧検査に来た時に
「いい香り~」と言ってた。 手のそばで作業するから匂ったんだと思う。

  娘からのプレゼント♡ハンドクリーム   愛娘に感謝感謝



いつも思う。

病気になったのが私で本当によかった。


アドラー心理学による信頼については
  2014.09.09「信頼~師弟関係♡医師と患者~」





 午後3時。
友人がたくさんのお土産を持ってお見舞いに来てくれた
(ほんとうにビックリするほどたくさん!
病気の最初から、全て話していた友人だ。
実のところ、私の情けないところをたくさん見せている
私が手術後調子が悪くなりがちなこと、膿みやすいこと、傷が治りにくいこと、血が止まりにくいことを彼女はよく知っている。

だから彼女は、私に対してとっても心配症になってしまった。
いつもいつもとっても私のことを心配してくれる。

私は、朝入浴も済ませていて、いつも通りスポーティーな格好をして、ブルーのセーターを肩に掛けていた。
私の極普通の見なれた姿を見て、彼女は泣きださんばかりだった。
病院の唯一のカフェで、あんみつを食べながら楽しくお喋りをした。

途中デイルームに移動して最後の抗生剤の点滴をした。
彼女の自宅は近いので、すっかり気に入ったM記念病院の宣伝をここぞとばかりにしといた。
入院前に散々迷っていたのを一番知っている彼女は、にこにこ私の話しを聞いてくれていた。
だって、最初は
「A医師って誰だか分かんない先生ってどう思う?」とか
「なんだか怖そうなんだけど・・・。」
って言っていた私が、大絶賛しているから可笑しいよね!
二人で迷った日々を笑い話にできて本当に良かった

M記念病院13階違う窓から 夕方(2014.04.06)お喋りはいつもデイルームで M記念病院13階窓から 夕方(2014.04.06)  都会の空は私には珍しい


注  意 

点滴は、角度が大切らしい。正しいポジションをとっていないと、やたらと時間がかかってしまう。
あんまり長引きそうな時は、看護師さんに声を掛けよう!
うっかりすると誰にも気づいてもらえず延々時間が経ってしまう


友人を見送ったら入れ違いに娘がやったきた。
部活帰りで、制服姿で大荷物を抱えていた。学校からは一時間半以上かかる。
嬉しい以上に、可哀想になってしまった
お見舞いのケーキに加え、自分で食べるお弁当も買ってきていたから、夕食後までのんびりしていった。
私は既にあんみつを食べていたのだけど、頑張ってケーキも食べた。特大のイチゴショートケーキ
そして、病院の夕食も完食した。人間まったく動いていなくても食べられるものだ

デイルームでペチャクチャお喋りしていたら、近くに座っていた年配の女性に
「仲の良い親子ね~(*^_^*)」と声を掛けられた。
私達は、外で話しているとよくそうやって声を掛けられる。
話相手の私が入院していて大丈夫かな?と心配していたけれど、案外大丈夫そうだった。

ママの病気は、娘をちょっと成長させたみたいだ。


ここでも物は考えよう

病気になるってネガティブなことではあるけれど、家族が協力して役割分担して、
お互いのありがたみを、大切さを分かる機会を与えてくれる




いつも心配してくれる友人と私の大切な娘がいつまでも元気でありますように。

今日も感謝を唱えながら、気持ちよく眠りについた。


今日も朝5時にデイルームへ移動。
看護師のKさんが「おはようございます。」と元気に挨拶をしてくれた。
毎日ここに来ているけれど、挨拶を受けたのは初めてだ。
夜勤の看護師さんは3人体勢でなんだか忙しそうだから、声を掛けづらくて私からは掛けたことがなかった。
気持ちのいい朝の始まりだった



久しぶりに検査があった。

○尿検査
○血液検査
○CT撮影

手術後1日目のCT撮影時は、車椅子でハイジちゃん(私の担当看護師さん)に押されて行った。
今日は、ファイルを持って、軽やかに自分の足で歩いて行った。
4日前は、自分で撮影用の台に寝ることができなかったのに、今日は一人で台に上がれた。
さすがに、健康時みたいにゴロっと無造作に横になることはできず、
腹筋を使わないように(脳圧が上がるからダメ)横向きにゆっくり寝たけど。

撮影は、造影剤を使わないから体の負担も少ないし、時間も早い。
あっという間に終了。
M記念病院ではCT装置は東芝のAquilionONEを使っている。
術前の検査の時に、廊下に貼ってあるポスターを見て「東芝って珍しいな」って思ったからちょっと調べたことがある。
なんとなく、医療機器って、GEとかシーメンス、フィリップスってイメージがあったから。

調べてみたら、このCT装置がM記念病院の自慢の品であることが分かった。
ヘェ~日本のメーカーも頑張っているんだな~ってちょっと嬉しくなった。
頑張れニッポン

手術のために入院する時、ついつい執刀医に主眼がいきがちだけど、実はその周辺域にも手術を成功させるための大切なことが幾つもある。言いだしたら切りがないけれど、“使用機器が何か”も大切なこと。
調べるとその性能の差に驚く


それについて私が書くのはもう少し後のことになる。


興味がある方はこちらで調べてみては?「モダリティ・ナビ」



 検査を終えて、そのまま外来棟の階段昇降をした。
入院棟の階段は関係者のみしか使えないので)
1~7階を5往復。病院の建物だから、思っていたより1階分が長かった
音楽プレイヤーで音楽を聴きながらだったから気分よく昇り降りしていたのだけど、軽く汗ばむ程度の有酸素運動のはずが、気がついたら汗をびっしょりかいていたし、足がガクガクだった。
足がガクガクって・・・。
ショックだった。
結構体力には自信がある方だ。
普段はほぼ毎日運動していて、ろくに運動していないのは入院している8日間だけなのに!
ちょこちょこは歩行練習してたのに!!
旅行に行ったりして、一週間以上運動していなくてもこんな風に足がガクガクすることなんてないのに!!!

信じられない


病室に戻ったら、女医のW医師がいたのでその話をしたら、
「一日寝たら、筋力を戻すのに三日かかるって言われてる。」
とのこと。

がーん


脳圧を上げるような運動は一か月は禁止。
となると、運動らしい運動は全然できない。
なんてこった・・・。


出来ないことを悲しんでも仕方ない。
ちょっとでも入院中に動いていて良かったってことにしよう

やっぱり早期離床が大切だ

主治医と看護師さんの適切な管理下でね


医師は脳神経外科の女医さんだ。
一度回診してもらっただけだけど、顔を覚えてもらえたみたいで嬉しい
脳神経外科の女医っていうと怖そうなイメージがあるけど(私だけかな?)、W医師はとても穏やかな容姿だ。
実際、優しい。
私のお隣のベッドの体の不自由なNさんの主治医で、自分の手と体を使ってNさんのお手伝いをしているのを何度も見かけた。
看護師さんへの支持の出し方も、看護師さんを慮っている。
当の看護師さんは気づいているのかな?と思うのは老婆心かな


そのW医師に、あまり無理をしないように注意を受けた。

そうだった。私はいつも調子に乗って具合が悪くなる。
焦らないで、無理をしないようにしようと思う。



積極的に動きだして、耳が時々篭もることに気づいた。
どういう時に篭もるのか?

自分の体の状態をゆっくり確認してみた。

多分ぐっと下を向いた時だ。
物を無造作に取ろうとして屈みこんだ時とか、ずっと書きものをしている時とかかな?
それに触ってみたら、右(手術をした側)の耳が痺れているみたいに感じる。
耳が痺れるって変だけれど、足が痺れた時みたいな感じが耳にする。
じっくり自分と向き合わないと別に気づかないけれど。


病院にいると周囲全部にアンテナを張っているから、自分の体の声になかなか気がいかない。
病院では体を休めることはできるけど、心まで休めることはちょっと難しい。


M記念病院はとっても居心地のよい病院だし、看護師さんは優しいし、A医師は頼りになるけど、
やっぱり病院は長居するところじゃない。
早く帰ろうって思った。


そういえば、今日はA医師の回診がなかった。
3分の回診もできないなんてとっても忙しいのかな?

A医師は今日はどうしちゃったんだろう。
ウルトラの星に帰っちゃったのかなー。
私の退院はどうなるのかな~。
なんて思っているうちに夜になった。 


たっぷり汗をかいたのだけれど、
お風呂は午前中に入ってしまっていた。


大失敗



看護師さんに言ったら、
温めたお絞りを2つ作ってくれた。

M記念病院は、担当看護師が決まってはいるけれど、
ルーティンワークになっているので、毎日いろんな看護師さんのお世話になる。
最初入院した時には、看護師さんたちの若さにただただ驚いたけれど、
さすが看護師さん、皆さんてきぱきと仕事をこなされて凄い!





ベッド脇で身体をすっきり拭いて、「さあ夕飯」と思っていたら、
友人で、小児科医のKさんが様子を見に来てくれた!
シュークリームのお土産付きで


Kさんは、自分で開業されている上に、
家事も完璧にこなしているから毎日とっても忙しい。
なのに、入院時に引き続き二度目のお見舞い。



包帯が取れたので、手術創(=傷口)を見せた。
「きれい。きれい。」
「良かった。良かった。」

Kさんの声が震えていた。
私の友人はみんな涙もろいに違いない。
そして、私はそんな友人よりもっと涙もろくなってしまった。
私まで泣きそうになっちゃった



Kさんは言った。
「ダメな奴は、いつまで経ってもダメだから。
良かった。本当に良かった。」



A医師のことは信頼していたけど、
正直縫い方の腕前がどれほどかは知らなかった。
手術創を見てくれた他の入院患者さんや看護師さんが、
「醜い。」とか
「下手くそ。」
なんて言うはずないのは分かってたし。


この日Kさんが、涙を浮かべながら
「安心した。良かった。」を連呼してくれて、
私は心底安心した。




A医師微小血管減圧術手術の執刀をお願いして本当によかった。


そして、いつも私の体調を気にかかけてくれるKさんに
心から感謝した。




いつの日かきっと、
私も少しはKさんのお役に立ちたいと思う。





私の手術創の写真はこちら。
『片側顔面痙攣入院9日目~手術後7日~抜針・手術創写真』
http://20140403az.blog.fc2.com/blog-entry-61.html