2011年。
多くの人の心に、特別な意味で刻まれる年となった。

3月11日、東日本大震災。

死亡者は、16000人近く。
ここ関東でも、家族、親戚、友人知人を失った方々がいた。

本当に悲惨な出来事だった。

そして、日本全体が一体となって、復興、復旧に向けて、皆が出来ることをしようと心を合わせていた年だった。

私たち家族も「 何ができるか? 」「 何をすべきか? 」考えた。
日々できる節電、節約。本当に微力だったけれど、できるだけの事はしたと思う。
そして被災地への寄付。
阪神大震災の時の10倍の金額を寄付した。
サラリーマン家庭にとってはかなりの額だった。っと思う。

夫も私も現地に赴きたかったけれど、、
夫の仕事は毎日忙しく、日本にいないことも多かったし、
私の痙攣も頻発していたから、
知らない場所、知らない人に会ってお手伝いできる気がしなかった。

その点、義母は本当に偉い。
80歳になろうと言う年なのに、自分で現地に行って、タオルセットを配るなどの活動をして来ていた。

「何ができるか」って、本当は「何をしようか決めて、実際に行動する。」って、
ただそれだけの事
なんだと思う。
しようと思えばできるのに、理由を、言い訳を作って何も行動しなかった自分が恥ずかしい。

そんな気持ちが大きくなったからか、ちょっと眼が引くつくとか痙攣するとか、ギューとなるなんて事で苛ついたり、気が滅入ったりする事はなかった。

人って、幾つもの事にいっぺんに気を取られたりできないものだ。
一番痛いところに意識が集中する。
すごーく痛いところがあると、そこばかりが気になって痛む。
そして、そこが治ると、違う二番めに痛かったところがすごーく痛むようになる。
それと同じ。

心がとても痛んでいたから、眼のことはあんまり気にならなかったんだと思う。
或いは、そんな事を気にするのが情けなくて、記憶に無いのかも。

とにかく、2011年の事を思い出す時、痙攣について細かい事は何も思い出せない。
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